姉川さくらルート7 翳(かす)める想い

 『あやかしびと』のSS「姉川さくらルート」妄想追加ルートです。

『あやかしびと』及び『あやかしびと―幻妖異聞録―』のネタばれを含みます。ご注意ください。

 

「うわ、なんだこれ」

 ホームセンターの売り場の棚に整然と並ぶ大量のドックフードを見て、驚いた。といっても、量にではない。所狭しと置かれているドックフードの、その種類の豊富さに、だ。

 気圧されつつも、あらためて棚を見る。

 ドックフードの形状がパラパラと乾燥した粒状のものと柔らかい肉状のものに分かれているだけでなく、使用している食材も「ビーフ」、「チキン」、「魚」さらにはそれらを組み合わせた「ビーフとチキン」、「チキンと魚と軟骨」、「ビーフと魚と野菜」などと分かれていて、さらには年齢別に「幼犬・母犬用」、「仔犬用」「成長期犬(2ヶ月〜1.5歳)用」、「成犬用」、「肥満傾向の成犬用」、「7歳以上用」、「8歳以上のシニア犬用」、「11歳以上用」などと細分化されていたり、犬種別に「小型犬種用」と分類されているものがあったり、挙句の果ては「コーギー専用」や「ミニチュアダックスフント専用」、「日本犬柴専用」なんてものまである。

 ……正直、どれを選べばいいのかさっぱりだ。

 途方にくれて、頭をかく。と、棚の上にあった「ドックフードの選び方」というパネルが眼に入った。選択できずに困ってしまう人のためにあるのだろう。ざっと眼を通す。

 ドックフードは総合栄養食と一般食、間食に分かれている、らしい。

 間食というのは棒状のおやつなどのことのようだ。取りあえず、今はそれは除外。

 総合栄養食は、そのドックフードだけで健康的な体を維持するに十分な栄養を補給できると認められたものの名称、か。ということは、買うのはやっぱりこの総合栄養食だろう。

 ドックフードの形状は、ドライフード、ウェットフードに大きく分かれる、っと。ということは、あの乾燥した粒状のドックフードが、ドライフードってやつなのかな。どちらかいいかは……まだ子犬だし、ウェットフードのほうが柔らかくて食べやすいんじゃないだろうか。そんな気がするだけだけど。

 次に年齢の分類……幼犬が大体生後1年までの犬用、って意味なのか。ということとは、幼犬用や仔犬用でいいと思う、うん、多分。

 そうやって、パネルを頼りに条件をつけて候補を絞ってはみたものの。

「全然、絞れてない」

 それもそのはず、その条件を満たすドックフードだけでも、結構あったりするのだ。

 でも、どうせ買うなら、良いものを食べさせてやりたいし。

「うーん」

 思わず唸ってしまった。

 

 

 

「双七さん、遅いですよぅ」

 ホームセンターから戻るなり、さくらちゃんのその言葉に迎えられた。

 ドックフード売り場の前で考え込んでいるうちに、だいぶ時間がかかっちゃったからなぁ。さくらちゃんがそう言うのも肯ける。いや、肯いている場合じゃないか。

「えっと、ごめん。思ったより時間かかっちゃって……」

 素直に謝る。

 さくらちゃんは、むぅ、っと口をすぼめて、

「双七さんは、わたしと一緒はそんなにお嫌ですか?」

「そ、そんなこと。ただ、すぐに帰ってくるつもりだったんだけど、その」

 さくらちゃんは、怒ってますよ、という感じに頬を膨らませ、ぷいすと横を向く。

「いいんですよ。無理していただかなくても」

「む、無理なんて、そんなわけなくて、えっと、だから」

 困ったな、そう思っているうちに、さくらちゃんは難しい顔を緩めてくれた。

「冗談です。ごめんなさい。少しいじわるしちゃいました」

 ぺろりと舌を出す。

 それは、大人顔負けの発育をした身体にどこか不釣合いな、かわいらしい顔をしたさくらちゃんに良く似合うしぐさで。

 そっか、お世話になってばかりだから、普段は実感わかないけど、さくらちゃんは年下の女の子なんだよなぁ。

 と、頭を振って、変に感心していた気持ちを改める。

 謝らなければいけないのは、さくらちゃんに無駄な時間を過ごさせてしまった俺のほうなのだ。

「いや、俺のほうこそ。わざわざ放課後の時間を使って案内してもらってるのに。今度から気をつけるから」

 自戒を込めて言う。トーニャに携帯電話を選んでもらったときもそうだったけれど、本当、俺って奴は優柔不断が過ぎる。気をつけないと。

 さくらちゃんはにっこり笑って、

「あ、いえいえ。時間のことは気にしてませんから、そんな申し訳なさそうな顔しないでください。ただ、折角ふた――じゃなくって!」

 慌てて眼をそらしてしまった。

 視線をそわそわとあちこち向けること数秒、閃いたというように、ぴんと人差し指を立て、

「そ、そうそう!双七さん、先ほどはどちらへ行ってたんですか?」

 その前に何を言いかけたのか少し気になるけれど、深く追求しないほうがいいのかな。

 ホームセンターのビニール袋を示しつつ、さくらちゃんの質問にだけ答える。

「さっき見たホームセンター。これ、その子犬にと思って」

 言いつつ、中身を取り出した。

「ドックフードですね。あ、でも……」

 少し遠慮がちに、さくらちゃんは言う。

「双七さんの住んでるマンションって、ペット、飼えませんよね」

「うん。確か禁止だったはず。それにもし飼えても、すずがなんていうか……」

 俺の言葉にさくらちゃんは視線を落とした。

「その、冷たい物言いかもですけど、もし懐かれちゃったりしたら……」

 さくらちゃんは最後まで口にはしなかったけれど、言いたいことは良くわかった。

 懐かれても、拾ってやることは出来ない。

 一時の飢えから助けてやることは出来ても、救うことは出来ない。

 だから俺は自分の都合で、自分の身勝手な感情を満たすために、この子犬に餌をあげているに過ぎないのだ。

 半端な救いは、何もしない以上に、残酷な行為となるかもしれない。救いに期待を抱かせ、その期待を裏切ることになるかもしれない。

 さくらちゃんの言外に、その指摘が滲んでいる。

「うん。言いたいことは良くわかる」

 言って肯いた。

 さくらちゃんの言うことはもっともだと思うし、それは、冷たいどころか、本当にこの子犬のことを考えてのやさしさなのだと思う。

「でも、それでも、さ」

 思うままの気持ちを口にする。

「この子犬は今、助けがなければ、死んでしまうかもしれない。死んでしまったら、その先には何もない。けれど、もし生きていれば、新たな救いがあるかもしれない。新たな希望があるかもしれない。例えば俺が、今、ここで、さくらちゃんと歩いているように。神沢市で、すずと、みんなと暮らしているように」

 薫お姉ちゃんも九鬼先生も、突然、俺の前から姿を消した。

 悲しくなかったと言えば、嘘になる。辛くなかったと言えば、嘘になる。

 でも、悲しかったのは、俺がそれだけ二人に助けられてきたからだ。二人のことが好きだったからだ。

 腕の爆弾除去手術で入院したとき、改めて思った。俺はあの二人に助けられてきたのだと。あの二人がいなければ、今の俺はなかったのだと。

 薫お姉ちゃんを守るだけの力がなかった、不甲斐無い自分。その過去がなければ、九鬼先生に九鬼流を学ぶこともなかったかもしれない。

 辛い過去でも、それが新たな未来への可能性となるのだ。

「だから、俺はこの子犬を助けたい。俺が薫お姉ちゃんや九鬼先生に助けられたように」

 もしそれが俺のエゴに過ぎなくても、この子犬を悲しませる結果になっても、それが、この子犬の明日の為に必要なら、明日に繋がるなら、それでいいんじゃないか。そう思うのだ。

 話を聞いてくれていたさくらちゃんは、少し驚いたような顔をしている。

 もしかして、変なことを言っただろうか。……言ったよな。

 子犬に食べ物をあげるだけに、あまりに大げさすぎる。呆れられてしまったかも知れない。そう思うと、少し、いや、かなりかな、怖い。

「なんか、変な話しちゃたかな……」

 今更ながらに言う俺に、さくらちゃんは、

「そう、ですね。普通の人に比べたら、ちょっと真面目に考えすぎてるかもしれません」

 うう、やっぱり変だったか。

 わかっていても、直接言われると落ち込んでしまう。が、さくらちゃんはすぐに、

「でも」

 と、継いだ。

「わたしは好きです、双七さんのそんなところ」

 暖かみのある笑顔を向けてくれるさくらちゃん。それはいつものさくらちゃんと同じ、見ているだけで安らぐような笑みに違いない。違いないのだけれど、なぜか気が安らぐどころか、とくんと胸が弾んだ。

 決して不快ではなく、むしろ好ましい感覚。でも、いつもさくらちゃんといるときや、すずといるときとは違う。なんだろう、この感じ。

 俺が考え込んでしまったせいか、さくらちゃんは自分の言葉に気がついたように頬を赤くして、躊躇いがちに続ける。

「あ、その、今のは後輩として、じゃなくて、生徒会の仲間として、でもなくて、友達として、というか、えと、違って、でも、だからっ……」

 いくら俺でも、それくらいはわかる。さくらちゃんの「好き」は、友達として、人となりが好きだ、という意味だろう。さくらちゃんの好意を変な風に誤解しちゃいけない。

 俺のような世間知らずを、さくらちゃんのような娘が好ましく思ってくれる、それだけで有難いことなのだから。

 そう考えるうちに、胸の鼓動も収まってしまう。心地よい動悸にに名残惜しさを感じつつ、笑顔でお礼を言った。

「わかってる。ありがとう、さくらちゃん」

 ところがさくらちゃんは、

「……わかってないですよぅ」

 と少し気落ちしたように呟く。また何か失敗したかな、俺。

 そこに、きゅん、きゅんと、子犬の声が割って入った。

「あ、そうだった」

 ドックフードを手に持ったまま、つい立ち話をしてしまった。この子犬はそれがドックフードであることをわかっているらしく、濡れた眼を必死に輝かせてこちらを見つめている。長期間、おあずけをさせてしまった格好だ。かわいそうな事をしてしちゃったな。

「悪かったな。今あげるから」

 ドックフードの缶を開ける。中身を取り出そうとして、気がついた。

「しまった。入れ物がなかった」

 もっと早く気付いたら、さっきのホームセンターで一緒に買えたのに。

 今更悔やんでもしょうがない。とはいえ、路上にそのまま置くというのはあんまりな気がするし、どうしよう。

 悩んでいたところ、

「双七さん、少し貸していただけませんか?」

 さくらちゃんが言った。

「え、あ、うん。いいけど」

 缶を手渡す。

「ありがとうございます」

 さくらちゃんは礼を述べつつ器用にその中身を取り出すと、自分の手のひらに乗せて、犬の目の前に持っていった。

 子犬は舌を使い、一生懸命餌を口に運ぶ。さくらちゃんの手を何度も舐めながら。

「わぁ、くすぐったい」

 そういえばこんな感じですずに食べ物をあげたことがあったっけ。機嫌が悪いときには、舐められるどころか噛まれたりもしたけど。なんだか懐かしいな。

 と、懐かしんでばかりもいられない。そんなこと考えている間に、さくらちゃんの掌は、唾液でベトベトになってしまっている。本来、食べ物をあげたいと言い出した俺が引き受けるべきことだったのに。

 今更だとは思いつつも申し出てみる。

「さくらちゃん、後は代わるよ」

 けれど、案の定さくらちゃんは首を振った。

「いえ、いいんです」

「でも……」

 戸惑う俺に、さくらちゃんは言う。

「わたしもこの子犬さんになにかしてあげたいなと思ったんです。……でも、何も出来ませんでした。懐かれても飼ってあげられないから困るとか、食べ物だけあげて、結局突き放してしまったら可哀想だとか……いえ、子犬さんが可哀想だと考えることで自分が悲しい思いをするのが嫌だとか、そんな後のことばかり、自分の都合ばかり考えて。会長と刀子先輩の秘密を打ち明けられたときだって、わたしは会長や刀子先輩がどんな思いをしているか考える余裕もなくて、自分ひとりで思い悩んでばっかりで……わたしは自分のことばかりなんです」

「そんなことは――」

 否定の言葉を口にしようとして、

「そんなこと、あるんです」

 さくらちゃんに、先を越されてしまった。

 けれど、それでも、そんなことはないと思う。だって、さくらちゃんは、いつも回りのことを気遣ってるし、会長と刀子先輩のことだって、今は気にしていないし、俺やすずの事だって受け入れてくれて、それだけじゃなくて、すずと字の書き取りの練習をしてくれたり、俺たちに料理を教えてくれたり、エプロンをプレゼントしてくれたり、色々と気遣ってくれていて。

 それがすべて自分のためだというのなら、そんなさくらちゃんが「自分のことばかり」だというのなら、俺も含めて、世の中は利己的な人間ばかりということになるのではないか。

 極論を言えば、俺だって、この子犬に生きてほしいと、そのほうが嬉しいと、俺の気持ちを押し付けているだけなのだから。

 だが、俺が言葉を口にする前に、さくらちゃんは続けて言った。

「でも、双七さんの話を聞いたら、そんな風に自分のことばかり考える自分が、嫌になっちゃいました。だから、これくらいさせてください」

 ドックフードを持って、懇願するかのように俺の顔を覗き込む。

 そんなふうに言われて、肯かないわけにはいかなかった。

「うん、わかった。じゃあ、お願いしようかな」

 さくらちゃんは顔を輝かせ、ぴょんと手を上げると、

「まかされました!」

 なんて元気よくいいつつ、新たなドックフードを掌に乗せる。

 新たに差し出された食べ物を、子犬は次々に平らげていく。

 散々悩んだ結果、子犬用の中で、ポップでオススメと表示されていたドックフードを買ってきたんだけど、どうやらおいしそうに食べてくれているようで良かった。

 さくらちゃんは、もう一方の手で子犬の身体を撫でつつ、その様子を慈しむ様に見ながら楽しそうに言う。

「それにしても、犬さんの舌って、猫さんと違ってザラザラしてないんですね」

「へぇ、そうなんだ。そういえばすずの舌も柔らかかったっけ」

「ふぅん、そうなんですかぁ、すずさんの舌も柔らかですかぁ、すずさんの舌も……す、すすす、すずさんの舌ですとっ!?舌ということはつまり、そのっ、まさか、おふたりはもう、舌と舌がとか、でぃーぷな関係とか、そういうことなんですか!?」

「へ?ディープなって……あ、あああっ、いやいやいや、そうじゃなくて、狐!すずが狐の姿の時の話!」

「き、きつね!?あ、ああっ!!わたしったらてっきり!そ、そうですよね!うん、それはなによりでしたっ!」

 こくこくと肯くさくらちゃん。

 何がなによりなのかよくわからないあたりから察するに、かなり慌てている模様。

 平静を装おうとしているのか、ドックフードの缶をぶんぶんと振って中身を取り出そうとする。でもさくらちゃん、その缶、もう空みたいなんだけど。

「あ、あれ?」

 幾度か繰り返して、やっと気づいたみたいだ。

 ぱたぱたと尻尾を振って待っていた子犬を撫でて言う。

「ご、ごめんね、もう空みたい」

 どうやら落ち着いてくれたようで、良かった。

 とはいえ、平常ならざる心地だったのは俺だって同じなわけで。突然そんなこと言い出すものだから、びっくりした。まあでも、変な誤解をされなかっただけよかったけど。

 よくよく考えれば、さくらちゃんを含め、生徒会の皆は狐姿のすずを殆ど知らないのだから、狐のすずより人間の姿のすずを連想してしまうのも無理からぬことなのかもしれない。

 でも、すずと「ディープな関係」か。

 確かにすずは、俺にとって守るべき存在だ。

 だけど、そんな関係になることは……想像できないよなぁ。

 そもそも俺は、恋愛というやつの経験なんてひとつもないわけで、わからないわけだけれど、それでもすずは俺にとってそういう対象ではない気がする。

 隣にいるのが当たり前で、互いに大切だと思える、家族。

 俺にとってすずは、そういう存在だ。

 ……。

 …………。

 …………――なら。

 例えば。

 例えば、だ。

 そっと横に目を向ける。

 さくらちゃんが、やさしく子犬のおなかを撫でている。

 その様子を眺める。

 さくらちゃんは、俺にとってどういう存在なんだろう。

 生徒会の後輩。事実としてはそうなんだけど、いまいちしっくり来ない。学生生活の経験ゼロの俺は、先輩たる資格なんてなく、むしろ俺のほうが後輩な感じだ。

 かといって、さくらちゃんが先輩というのも違和感がある。先輩というならやはり、それは会長や刀子先輩、上杉先輩だろう。

 なら、友達。ほかに友達といえば、トーニャや七海さん、狩人や美羽ちゃん、それにクラスメイトの顔が思い浮かぶわけで、これはすんなり肯ける。友達だと思うだけで、嬉しくなってくる。

 けど。

 それと同時に、さくらちゃんが友達だと考えることに、どこか寂しさを感じるのは、どうしてだろう。

 学校帰り、それは、俺が子供のころ夢に見ていた学園生活の一幕。

 すずがいて、友達がいて、穏やかな日常がある。

 上杉先輩やさくらちゃんに言った気持ちは、今だって変わらない。

 楽しいのだ。楽しくてたまらないのだ。今でも信じられないくらい、幸せを噛み締めているのだ。

 だというのに、その上で寂しいだなんて、なんて図々しいのか。

 俺は、さくらちゃんと、どうありたいというのか。

 考えてみても、気持ちがまとまらず、頭の中がぼやけてしまう。

 この気持ちはなんだろう。

 わからない。

 わからないけれど。

 どう思っているかと言われれば、

 ちょっと幼さの残る顔だって、ほんわかした性格だって、さくらちゃんは凄く、

「かわいい、よな」

「そうですよね。気ままな猫さんもいいですけど、こうやって全身で喜んでくれる犬さんもかわいいですよね」

 うわ、思ったままに気持ちが口に出してしまった。恥ずかしさのあまり、頬から耳まで急激に熱くなる。

 さくらちゃんが子犬のことだと勘違いしてくれたのが、せめてもの救いだ。

「え、あ、いや、うん。そ、そうそう、かわいいかわいい」

 なでりなでりと、子犬の頭を撫でる。

「ですね」

 と、さくらちゃんが応じてくれた。

 つい声が上ずってしまったが、上手くごまかせたみたいだ。

 そのまましばらく手を動かし続ける。

 子犬は気持ち良さそうに瞼を閉じたまま、尻尾をぱたぱたと振る。撫で方に反応して、たまに手足を動かして寝返りを打ったりしながら、鼻をひくつかせる。

 自分の失言を悟られないために始めたことだが、撫でられている子犬のその様子は、本当にかわいい。

「家で飼ってあげられたら良かったんですけど……」

 その言葉から察するに、さくらちゃんの家も駄目みたいだ。まあ、もし飼えるなら、餌をあげて懐かれたらどうしよう、なんて最初から悩まないか。

 家もマンションだし、なによりすずがいるからなぁ。

「狐は犬と相性が悪いっていいますけど、すずさんはどうなんでしょう?」

 俺の考えを見抜いたように、さくらちゃんが言う。

「うーん、一応、今晩にでも聞いてみるよ」

 俺の言葉に、

「じゃあ、わたしも、飼えそうな人がいないか、クラスの友達に聞いてみますね」

 と、さくらちゃんも肯いた。

 そんな約束をして、とりあえず今日は二人とも帰ることになった。

 子犬の鳴き声に後ろ髪を引かれつつ、俺たちはその場を後にした。

 

トップへ戻る

トップへ戻る