姉川さくらルート2 買い物へ行こう

 『あやかしびと』のSS「姉川さくらルート」妄想追加ルートです。

 『あやかしびと』及び『あやかしびと―幻妖異聞録―』のネタばれを含みます。ご注意ください。

 

 

 土曜の昼下がり、休日の街は若者や家族連れでごった返していた。神沢市の中心部、デパートに映画館、ゲームセンターにカラオケボックスと、大人から子供まで楽しめる娯楽施設の最も集まっている場所。往来の人々は、休日を一瞬でも無駄にすまいと、精一杯の明るさで歩き回る。その中に自分が混じっていることが、少し不思議で、だけどやっぱり楽しかった。

 自由なのだと、俺はどこに行ってもいいのだと、実感できるから。そして、その自由を一緒に楽しんでくれる人たちがいるから。……今日、すずはここではなく、あいつのところに居るわけだけど。

 焦りにざわつく気持ちを押さえつける。今そんなこと考えたってしょうがない。今日はさくらちゃんの買い物の手伝いをするって決めたんだから。気持ちを切り替えて、時計を確認する。待ち合わせの時間まではしばらくあった。とはいえ入れ違いになってもまずいし、ここで待ってようかな、と思ったその時に、道の隅にそっと立つ、見覚えのある姿を発見した。いつもの制服ではなく、私服姿だけれど、間違いない。なんであんなところにいるんだろ。

 こちらには気づいてないらしいさくらちゃんの元に歩いていき、肩を叩いた。

「さくらちゃん」

「ひゃあ!」

 悲鳴をあげられてしまった。何事かと周りの視線を一斉に浴びる。こういう場合、どう見ても俺が悪者に見えるよなぁ。慌ててさくらちゃんに言った。

「さくらちゃん。俺だよ、双七」

「そ、双七さん!?ごめんなさい!大きな声だしちゃって!」

「いいよいいよ。俺のほうこそびっくりさせちゃって……。それよりどうしたの?こんなところで」

「い、いえ!その、それは……」

 言いよどむさくらちゃん。目を動かし、そわそわしている。その目の動きにあわせて周りを観察すると、こちらに、というよりも、さくらちゃんに向けられた好奇の視線に気がつく。そっか、さくらちゃん、目立つからなぁ。どこがとは言わないけれど。

「ああ、そっか。ごめん。待たせちゃったみたいで」

 さくらちゃんは慌てて両手を振りながら、

「い、いいえ!とんでもないです!わたしが勝手に早く来……じゃなくて!ええっと、そう、わたしも、わたしも今来たとくっるぷあ!」

 急にしゃがみこんでしまった。

「ひ、ひらいれす」

 ろれつが回っていないようにうめく。

「さくらちゃん!?どうかした?」

「ひら、はんひゃいまひた……」

 なにを言いたいのか、いまいちわからない。

「えっと。だ、大丈夫?」

「ひゃい、ひゃいひょうふれふ」

 ハンカチで口を押さえながら答える。そのままふたりして往来で立ち尽くしてしまった。しばらくしてハンカチをはずすとさくらちゃんは

「すいません。舌、噛んじゃいました。ちょっと血が出ちゃってますけど、すぐ止まると思いますから」

 落ち込んだ様子で言いながら、ぺろと舌を出す。なるほど、それでしゃべれなかったのか。舌の先が血で濡れていっそう赤くなっている。思い切り噛んでしまったようで、かなり痛そうだ。

「ああ、結構切れちゃってる。でも、口の中だから薬をつけるわけにもいかないし、どうしたものかな」

 首をひねったところで、舌を引っ込めたさくらちゃんが小声で言った。

「そ、双七さん。その、近い、近いです」

「え?あああ!ごめん!」

 知らず知らず顔を近づけてしまっていた。それこそさくらちゃんのくちびるのすぐ目の前まで。顔中が熱くなって後ろに飛び退り、

「双七さん、危ない!」

 ごん

「痛っ!」

 後頭部を看板にぶつけてしまった。で、つい反射的に前のめりになってしまったところ、

 ごつ

「あいた!」

 心配して駆け寄ろうとしてくれたさくらちゃんに、おもいっきり頭突きしてしまった。

「あああっ!その、本当にごめん!」

「だ、大丈夫、わたしは大丈夫ですから」

 言葉とは裏腹の涙目で、さくらちゃんは答えた。が、あたりを見回して、すぐにあわて始める。倣って見渡せば、俺たちふたりだけ、周囲から浮いていた。その場に留まるのは恥ずかしすぎる。

「さ、さくらちゃん、行こう」

「あ、はい」

 喧騒に浮き立つ昼下がりの街中を、目的地もろくに定まらないまま、ふたりして早足で歩き始めた。

 

 

 

「で、なに路上で夫婦漫才やってるんですか、あのふたりは。なにやらものごっつい腹立たしいのですが」

 如月双七の見事な頭突きに、たまらず頭を抱えながら、わたしは言った。

「私に言われましても……。それにトーニャさんが腹を立てることはないのでは……」

 隣で刀子先輩が呻く。

「さくら、痛そう……」

 刀子先輩の隣で美羽が呟いた。今のあのふたりは別の意味で痛々しい気がするのだが、それは黙っておく。

「それにしてもなんてベタベタな……」

 逆隣で伊緒が呆れたように言う。如月くんも、幼馴染に素直になれないなんて王道まっしぐらな伊緒には言われたくないのではないか、と思うが、これまた口には出さなかった。

 ふたりから少しはなれたビルの陰、わたしたち四人はそこに隠れて先ほどから様子を窺っていた。さくらのことを心配する美羽を半ば強引に誘い、わたしと一緒に買い物に行く予定だった伊緒も巻き込んでここまでやってきたのだが……。

「それはそうと、刀子先輩はどうしてここへ?盗み見なんて良くありませんよ?」

 至極まっとうな意見を口にする。

「えっ?いえ、それはその、生徒会の先輩としてと言いいましょうか、おふたりのお友達としてと言いましょうか、おふたりが心配で……」

「つまり如月くんがさくらを襲ったりしないか監視していると。なるほど。信用ありませんね、如月くんは」

「そ、そのようなことはありません!ですから、そうではなくてですね……」と、そこで沈みかけた声をぽんとあげ「だ、だいたい、トーニャさんも盗み見しているではありませんか!」

「もちろんです。こんな面白そうなもの、見逃す手はありませんから」

「うぐ……」

 わたしの直截な言葉に、うらめしいようなうらやましいような、ひとりだけずるいです、といった表情で押し黙る刀子先輩。そんな顔したって知りません、と涼しい顔を返す。こんなときは開き直ったもの勝ちだ。

「あ、ふたりが動くわよ」

 伊緒の言葉に視線を戻すと、おでこをさすりながらそそくさとその場を後にするふたりが目に入った。

「つけますよ。如月くんは普段はボーっとしているくせに、変なところで勘が鋭いですから、注意してください」

 

 

 

「へっくし」

「双七さん、風邪ですか?」 

「いや、そんなことはないと思うんだけど……」

 言いながら歩き続ける。それに従って、あたりの視線もなくなっていく。

 しばらく進み、落ち着いたところで、申し訳なさそうにさくらちゃんが言った。

「ごめんなさい、わたしのせいで……」

「いや、さくらちゃんのせいじゃないよ。俺こそごめん。もうちょっと気をつけて話しかければよかった」

「いえ、双七さんは悪くないです」

 お互い自分が悪いと主張し合い、堂々巡りだった。譲り合った挙句、ふたりして困ったように沈黙してしまう。

 とぼとぼと並んで歩いていると、さくらちゃんがぽつりと呟いた。

「はぁ、どうして噛んじゃうかなぁ……」

「ん?どうかした?」

 俺の言葉にはっとして、またも両手をぱたぱたさせながら

「え、あ、あはははは、なんでも、なんでもないんですよ、なんでも」 

「そ、そう?」 

「は、はい、そうです、なんでもないです。あは、あはは、は」

 再び沈黙。

「そ、そうだ、今日はなにを買うの?まだ聞いてなかったんだけど」

 思いついて、口にする。荷物持ちをするといいながら、なにを買うかすら知らないとは、なんとも間抜けな話だ。

「あ、はい。あたらしいお料理の道具が欲しくて、フライパンとか包丁とか、前からいいなって思ってたのがあるんですけど」

 そういえば、自己紹介のとき趣味は料理だって言ってたっけ。

「なるほど。行き先は……デパート、でいいのかな」

「はい。よろしくお願いします」

「了解。それじゃあ行こうか」

 目的地が決まり、これからの見通しが立つと、なぜか浮ついた気持ちになってくる。友達と買い物に出かけることができる。それが無性にうれしい。ついにやけてしまいそうになるのを自制した。今日はさくらちゃんにお礼をするために来たのに、俺が楽しんでどうする。今日はさくらちゃんのためにも頑張ろう、と一歩を踏み出して、

「ごめん、デパートってどこにあるんだっけ」

 いきなりつまずいていた。

 

 

 

「如月くん、駄目駄目ですね」

 というわたしの言葉に、

「まあ、如月くんは神沢市に来たばかりだし、しかたないかも」

 と、伊緒がフォローを入れた。

「そんな甘いことじゃ駄目よ、伊緒。デートなら行き先の下調べくらいして、エスコートしないと」

「デ、デート!?その、これってやっぱりデートなのですか?」

 刀子先輩が素っ頓狂な声をあげる。

「刀子先輩、なにをいまさら。年頃の男女がふたりで仲良くお買い物、これをデートと言わずしてなんと言うんですか」

 くるりと反転、逆隣の友人にこれ見よがしな笑顔を向けて、

「ねー、伊緒」

「な、なによトーニャ。その言い方、なにか含むものを感じるんだけど」

「べっつにー?幼馴染だなんて言いながら、よく一緒に買い物してる誰かさんと誰かさんのあれも十分デートだー、とか、はたから見れば休日にいちゃつきながら買い物に来た恋人同士にしかみえないー、とか、そんなこと一言も言ってないけど?」

「十分言ってるでしょうが!だから、わたしと刑二郎はそんなんじゃないって言ってるでしょ!如月くんにしろトーニャにしろクラスメイトに先輩後輩、誰も彼も人の言うこと聞きゃしない!」

「あわわわ」

 その声の大きさにか、内容にか、美羽が慌て戸惑う。

「しっ、お静かに。気づかれてしまいますよ」

 その騒ぎを、刀子先輩が鎮めた。人差し指を口元に立て、ずいと伊緒の前に進み出る。むぐっ、と伊緒はなにか言いたそうな顔をしたが、刀子先輩の迫力にしぶしぶといった感じで黙った。

「なんだかんだいってノリノリですね、刀子先輩」

 

 

 

 このエプロン売り場にやってきて、どれくらいの時間が経っただろうか。フライパンと包丁、それに菜箸と買い揃えるまではとんとん拍子に進んでいったのだが、ここにきてピタリと止まってしまった。

 エプロンを取り扱っているコーナーの前に来ると、さくらちゃんは「ちょっとここで待っててください」と言って売り場に向かい、あれはこれはとエプロンを見比べはじめた。俺はといえば、言われるままに待ち続けていたのだけれど、そのまま一時間以上経過してしまったのだ。さくらちゃんは未だに品定めをしている。ただ、合い間合い間に俺の方をちらちらと見つめたりしてくるので、忘れられてはいない模様。

 エプロンを広げてはニコニコしたり、かと思うと妙に真剣な顔をして悩んだり、その表情の変わりようは見ていて飽きない。飽きないのだけれど、俺って、ここにいる意味あるのかな……。なんだか突っ立ってるだけのような?

 とはいえ一度

「あの、さくらちゃん、なにか手伝えることがあったら……」

 と提案しようとして、

「あ、ご、ごめんなさい、もう少し、もう少しだけ向こうで待っててください!」

 と大慌ての一言で断られてしまった以上、他にすることもなく。

 そういやもうすずは家に帰ってるかなぁ、夕方には帰るって言ってたけど、などと考えながら、さくらちゃんの買い物が終るのを待つしかなかった。

 

 

 

「あの、本当にこれがデートなのでしょうか……?」

「……召使い?」

 ふたりの様子を注視していた刀子先輩と美羽が、首をかしげた。それもそのはず。ふたりの様子はデートどころか、ご主人様と荷物持ちのそれである。実際、如月くんは今日の買い物をそう認識しているのかも知れない。だとすれば鈍感もいいところだが。

 さくらの目的には見当がついているけれど、あえて黙っておくことにした。

「姉川さんの気持ちもわかるけど、ここは一緒に選んだほうが良かったかもね」

 同じく状況を理解したらしい伊緒が、苦笑混じりに言った。

「相手が如月くんだからね。さくら用にしては大きめのエプロンを掴んで、自分のほうをちらちらと見られたりしていたら、気づきそうなものだけど……」

 やれやれと言う感じで応じる。

「直球勝負じゃないとわからないのよねぇ、ああいうタイプは」

 はぁ、と溜息をつく伊緒。これは誰かさんのことを思い浮かべているに違いない。さらっと指摘してみる。

「ああいうタイプって、例えば上杉先輩とか?さくらも伊緒も大変よねー」

「そうそう、本当にあのバカときたら……って、なんでそこで刑二郎が出てくるのよ!」

 肯きかけたところで我に返り、真っ赤になって否定してくる。騒ぐとまずいことは解かっているのだけれど、そんな顔をされるとこう、わたしのお茶目な加虐心がうずうずと疼くのである。掴みかからんばかりの伊緒に、にやりと笑って応じた。

「いやー、さすが実感こもってるなーと思って」

「こもってない!これっぽっちも!1ミクロンも!絶対に!」

 火を噴かんばかりに捲くし立てる。相も変らず素直じゃない。その伊緒の様子にぴんと来たようで、美羽が

「直球勝負……っと」

 などと呟きながらメモを取っていた。どこまでも一途だ。その姿を見ていると、小さく胸が痛む。こんなに健気で、一生懸命な後輩を、できることなら応援したい。助けてあげたい。けれど、それはできない。わたしは伊緒の味方だから。この意地っ張りな友達を助けてあげなくてはいけないから。だから、ごめんねと言う言葉と共に、痛みを胸にしまいこんだ。

「???」

 そんな中、刀子先輩だけが、やっぱりわからないといった様子で首をかしげていた。

 

 

 

 買い物をあらかた終えて、デパートを出たときにはすでに日が傾き始めていた。

 家族連れは家路に着きはじめ、変わりにスーツ姿で仕事帰りの人々がちらほらと目立ち始めている。

「すいません、こんなに遅くまで。エプロン選びに夢中になってたら、つい時間の経つのを忘れちゃって……」

「気にしないでよ。いつもお世話になってるお礼なんだからさ」

 そういって荷物を持ち直す。実際、本当に謝られるほどのことはしていないのだ。さくらちゃんの買ったものはフライパンと包丁、それに菜箸にエプロン数枚。荷物にしては大して重いものではなかった。それに、いくつものエプロンを見比べては「うーん」と悩むさくらちゃんに、俺がなにかできるはずもなく。正直言って、今日の俺はなにひとつ役に立っていない気がする。

 もしかしたらこの買い物も、「なにかお礼を」と言う俺の提案を断っては悪いと、逆に気を使ってくれたのかもしれない。そう思うと一層申し訳なくなる。かといって俺が謝るのも変だし、どう言ったらいいんだろう。そう考えあぐねていた時、

「今日はありがとうございます。おかげで助かっちゃいました」

 と、さくらちゃんがにっこりと笑顔を向けてくれる。まるで俺の不安に気づいたようなその言葉。でもさくらちゃんの顔に浮かんでいる喜びは、俺への気遣いのためのもの、ではないような気がした。誤解でなければ、だけど。

「それで、双七さん、もうひとつだけよっていきたいところがあるんですけど」

 弾んだ声で、さくらちゃんが言った。

 

 

 

 さくらちゃんのよりたいところ、それは近所のスーパーだった。そこで今日はさくらちゃんが夕食を作りに来てくれる日だったことを思い出した。お礼をしようとしても、これだ。俺って奴は、なにからなにまで人の好意に助けられてばかりで、情けないやらありがたいやら、どうしようもない気持ちが溢れてくる。

「なにかリクエストありますか?新しい道具も手に入れたし、今日は張り切っちゃいますよ」

 両手のこぶしを握り締め、やりますよ!といった感じに意気込みを示すさくらちゃん。

 デパートでの買い物から、本当に上機嫌だ。ふんふふふふーん、と鼻歌を小さく歌いながらスーパーの籠を片手に売り場を歩き回る。

「カレーなんてどうですか?明日の朝の分を残しておけば朝食を用意しなくてもいいですから楽ちんですよ」

「えっと、俺、明日手術だからさ、一応朝食は食べないでおこうと思うんだけど」

「あ、そっか、すいません。気が回らなくて」

 さくらちゃんは見る間にしゅんとする。

「いや、謝ってもらうようなことじゃないって!それにすずの朝食を用意しなくていいのは助かるし、うん。じゃあカレーでお願いできるかな」

「はい!えっと牛肉は……あ、タイムバーゲンでひき肉が安いですね。それじゃあついでにハンバーグも乗せちゃいましょう。そうだ、ハンバーグを乗せるなら、カレーの具はチキンとかシーフードとか、別のにしたほうがいいですか?ナスやかぼちゃとか入れて野菜カレーもアリですよね」

 予算とメニューを考慮しながら、テキパキと食材を選んでいく。手馴れたもので、籠の中はすぐに一杯になった。

「さくらちゃん、その籠、俺が持つよ」

 籠を受け取ろうと手を差し出す。

「いえ、双七さんにはもう荷物を持ってもらってますから……」

 さくらちゃんのほうもさくらちゃんのほうで、これ以上荷物を持たせては悪いからと遠慮しようとして、ふたりの手が重なった。

「あっ……」

「ご、ご、ごめん!」

 反射的に手を引っ込めた。なんだか今日は謝ってばかりのような。

「い、いえ、気にしないでください。……その、嫌じゃありませんし」

 気にしないでくださいの後が、小さすぎて聞き取れなかった。

「さくらちゃん、なにか言った?」

「な、なんでもありません、ありませんよ!ありませんから!……そ、そうだ、サラダ!サラダ、サラダはトマトでブロッコリーが……」

 わたわたと慌てて野菜を籠に放り込む。ぽむぽむぽむと。でもさくらちゃん、トマトと言いながら入れたそれはどう見てもりんごで、ブロッコリーと言いながら掴んでいるそれはどう見てもカリフラワーなんだけど。

 取りあえず、トマトとブロッコリーを取って、籠の中身と入れ替えておくことにした。

 

 

 

「なんだか頭、痛くなってきたんですが」

 よくもあれだけ恥ずかしい展開を堂々と繰り広げられるものだ。見ているこちらの方が恥ずかしくなってくる。

「同じく」

 伊緒が同意して呻いた。

 デパートからこのスーパーに来るまで、特に目立ったことはなく、あったかと思えばこれだ。ウブもここに極まれり。まったく先が思いやられる。

「?」

「あの、どうかなさったのですか?」

 美羽と刀子先輩は、そう言って首をかしげた。そういえば天然で恥ずかしい展開を繰り広げそうな人たちが、こちらにも居ることを忘れていた。

「いえ、気にしないでください。それより、今日はもう動きはなさそうですし、ばれないうちにわたしたちも退散しますか」

「そうですね。それでは……あら、なんでしょう」

 刀子先輩が言葉を切って下を向き、硬直。なにかと思って目線の先を追った時にはすでに遅かった。

「い、い、い、いやゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 店中に刀子先輩の絶叫が響き渡った。

 

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