郷導者の詩3

 『あやかしびと』及び『あやかしびと―幻妖異聞録―』の、如月すずシナリオ「輝かしき日々、再び」エンドの後日譚の二次創作SSです。

 八咫鴉と静珠の話(前編後編)と、双七とすずの話(前編後編)の四部構成になっています。双七、すずの話(後編)を読む場合は最下部のリンクをクリックしてください。

『あやかしびと』及び『あやかしびと―幻妖異聞録―』のネタばれを含みます。ご注意ください。

 

 

「刀子先輩、お久しぶりです」

 一足先に屋敷についていた俺たちは、後から来た刀子先輩を出迎えた。

「はい、お久しぶりです、双七さん、それからすずさん」

 今日は八咫鴉の三回忌で、当時の神沢学園生徒会のメンバーが、久我谷巌の家、つまり八咫鴉の住んでいた屋敷へと集まることになっていた。

 三回忌といっても、まさか神の使いにお経を上げるわけでもなく、ようは久々に皆で集まって思い出話がてら、ちょっとした同窓会でも、という鴉さんの提案だった。

 最初についたのは俺とすず。準備を手伝おうと早めに来たのだが、鴉さんに

「本日はおふたりも来賓なのですから、準備は私にお任せくださいませ」

 と遠慮されたため、こうして皆が来るのを出迎えているのだ。

「本当、久しぶりね、刀子。大学のほうも、もうすぐ卒業でしょう。就職先は決まったの?」

「ええ。兄様と私は一乃谷神社を継ぎますので、就職活動は必要ありませんから」

 あ、そっか、とすずが肯く。

 刀子先輩と会長は神沢学園時代から一乃谷神社を継ぐことにしていたが、神沢学園三年時に大学に推薦されてしまった。教員たちの好意を無碍に断ることも出来ず、また一乃谷神社に封印されていた幻咬の尾が無くなったことにより急いで神社の職に専念しなくても良くなったという事情も手伝って、ふたりは進学することを選んでいた。それ以来、生徒会の時に比べ、刀子先輩や会長と会う機会は少なくなっていた。その大学も今春で卒業だ。

 もちろん一乃谷神社に行けばいつでも会えるのだけれど、俺自身、二年遅れで神沢学園を卒業するために学業に忙しかったり、おっちゃんへの借金を返すためにバイトに勤しんだり、卒業してからは仕事があったりで、なかなか話す機会が持てずにいた。それが少し、さびしかった。

 そんな俺の気持ちを察したのか、

「双七さんもすずさんも、いつでも神社におまいりに来てくださいね。兄様も私も歓迎いたしますから」

「あ、はい、そうさせてもらいます」

 刀子先輩は、はい、と朗らかに応じてくれる。会う機会は減っていたけれど、会話を始めれば、すぐに神沢学園生徒会の当時と同じように会話ができた。そんな漫画で読んだ不思議な強い繋がりを、自分が実感できる日が来るなんて、あの島にいた頃は思いもしなかったけれど、だからこそ、とても暖かくて……。

「あの、どうなさったんですか、双七さん?」

「えっ、あ、いえ、すいません。なんでもないんです」

 危うくまた泣いてしまうところだった。気を引き締める。

 刀子先輩は、そうですか、とにこりと笑った。その姿に目を奪われそうになる。そういえば、生徒会に入るよう勧めてくれたときの刀子先輩も、こんな風に笑ってたっけ。つい先日のことのように思い出す。

 当時と違うことがあるとすればそれはただ一点。三回忌といっても、そんなにかしこまったものではございませんから、という鴉さんの要望で、俺たちは普段着で来ていたのだ。そしてそれは当然、刀子先輩も。

 刀子先輩は黒いTシャツに、ピンクでボタン止めの薄手の上着を羽織るという春らしい格好で、それは実に良く似合っているのだけれど、その、なんというか、Tシャツの隙間からその、豊かな胸が覗いていて、って……

「痛てえぇ!」

 すずに腿を思い切りつねられていた。痛い、痛いっていうか爪、爪立ってるって!

「なにするんだよ、すず」

 むっとした顔でほっぺたを膨らませて

「ふん、デレデレしてる双七くんが悪い」

 などと言う。

「べ、別にデレデレなんて……」

「口答えしない!それに、女の人をじろじろと見ない!刀子に失礼でしょ」

 刀子先輩がおずおずと口を開き、

「あの、私は別に…・・・」

「むっ、刀子も、もっと自分を大切にする!男は狼なんだからね。双七くんだからよかったものの、他の男にもそんな無防備でいると、いつか大変な目に遭いかねないんだから」

 言い終わる前に、すずに捲くし立てられてしまった。

「あの、その、はい。申し訳ございません」

 結局、勢いに負けて謝る刀子先輩。まぁ、こういうときのすずには、なにを言っても無駄だからなぁ。

「なんか言った!?」

 小さくため息をついた俺に、すずが怒鳴った。

「なんでもありません、軍曹殿!」

「軍曹違う!……って、あっ」

 と、すずが急に立ち上がり廊下の外に出て

「さくら、美羽、刑二郎!こっちこっち」

 と手招きをした。

「あ、すずさん。もう着いてるなんて早いですねー」

「おはようございます、すずさん」

「おう、すず嬢。おはようさん」

 そんな懐かしい会話が、廊下から聞こえてくる。

「三人で来たの?」

 すずが言いながら部屋に入ってくる。

「いえ、美羽ちゃんと上杉先輩とはバスで一緒になったんです。あ、双七さん、刀子先輩、おはようございます」

 続いてさくらちゃんがすずの質問に答えながら顔を出し、俺たちに言う。顔より先にふすまの影から飛び出した、あいもかわらぬ胸に一瞬、目が行ってしまった事を心の中で謝りつつ、挨拶する。

 美羽ちゃんや上杉先輩ともそれぞれ挨拶を交わし、三人が腰を下ろしたところで、

「ということは、美羽は刑二郎とふたりできたのね。相変わらず熱いわね、このこの」

 などといいながら美羽ちゃんをひじで軽く突付くすず。

 美羽ちゃんは少し頬を赤らめながら笑っていて、上杉先輩がそれ以上に照れていた。

 ふたりが公認の仲となってからかなりの時間が経った。神沢学園を卒業した美羽ちゃんは今は大学に通いながら上杉先輩の実家、つまり上杉そば屋でアルバイトをしている。将来のために少しでも仕事を覚えておくのだそうだ。

 上杉先輩はそば屋を継ぐため現在修行中の身らしいのだが、上杉そば屋に行くたびに仲睦まじいふたりを目撃してしまい、修行とはそんなに楽しげなものなんですかとよくツッコミたくなった。

 さくらちゃんも美羽ちゃんと同じ大学に進学している。すずを含めた三人は、ふたりが大学に進学した今でも、よく連れ立って遊びに出かけたりしていた。

「そうそう、みなさんすでに知ってるかもですけど、加藤先生と飯塚先生は学校の用事で今日は来れないそうです」

 赤くなる美羽ちゃんと上杉先輩をよそに、さくらちゃんが言った。

 飯塚先生。それは言うまでもなく、薫さんのことだ。薫さんは今は傷も癒え、神沢学園で教職についていた。

 だが、そこまでにはちょっとしたいざこざがあった。

 あの九尾の鬼との決戦の前のこと、三週間の間に俺は薫さんのお見舞いに行ったり、必要なものを買ったりしたのだが、そのことにすずが反対した。

 最初は薫さんがドミニオンで、俺たちの命を狙い、日常を奪おうとしたから反対しているのかと思った。

 だから、薫さんと俺との出来事をすずが知っていたことに、驚いた。俺がすずと出逢ったのは、薫さんがあの島を去った後だったのだから。すずが俺のために怒っていることが、少しだけ嬉しく、だけどやっぱり、それ以上に悲しかった。

 薫さんはそんなすずの反応を、当然だ、と言い、わたしは神沢市を出て行く、と言い張った。

 俺はなんとかふたりを説得しようと必死で。

 だから薫さんとすずの和解は、嬉しかった。

 薫さんが俺のためにしてくれていたことを説明した後、すずはすこしふてくされながら薫さんに言った。

「あなたが涼一くんの姉であったこと、認めてあげる。……だから、ここにいなさい」

「だが、私は……」

 なおも薫さんは自分の決断を曲げようとしない。

 すずが俺に向き直り、

「双七くんは薫に神沢市にいて欲しいんでしょ?」

 それはもちろんそうだ。ドミニオンが壊滅した今、人妖である薫さんが平穏に生きていくには神沢市にいることが一番のはずなのだから。

 俺はありったけの思いを込めて肯いた。

「ああ。薫さんが他に行く場所がないなら、神沢市にいて欲しい」

「ほら、双七くんをまた悲しませるつもり?双七くんにとっては、あなたも……大切なんだから」

 ふたりがかりの説得で、ようやく薫さんも

「……ありがとう」

 そう言って肯いてくれた。俺たちに向かって小さく微笑む薫さんは、どこか昔の薫さんを髣髴とさせて、少しどきりとさせられた。

 そのちょっとした感情にも気づいたようで、すずが

「むっ、だけどっ、双七くんの恋人はわたしなんだからね」

 と誰に向かってともなく宣言した。宣言したはいいが、同時に俺の脚を踏むのはやめて欲しい、痛いから。

「わかっている」

 そう言って薫さんは少し寂しそうに笑っていた。

 それももう四年前のことだ。神沢市に残って欲しいと半ば無理に頼み込んだ自分が、その一週間後に人であることを捨て、死んでしまったのだから、無責任にもほどがある。

 だけど、俺が現世に戻ってきた時、薫さんは驚いた後、それでも笑顔で出迎えてくれて、俺にはそれが嬉しかった。

 刀子先輩が、さくらちゃんに確認するように言った。

「では、あとはトーニャさんと伊緒さん、それに狩人くんですね?」

「愛野先輩は途中で死ぬといけないからって、トーニャ先輩と七海先輩が迎えに行くって言ってましたよ」

 トーニャはロシアの父親と喧嘩して以来、看護士資格を取り、現在は七海病院で働いている。そこに至るまでにも、いろいろあったそうだ。

 あの決戦で俺が一度死んだ後、何日も食事すらとらず、部屋で塞ぎこんでいたすずを外に連れ出したのは、トーニャだったという。

 すずもトーニャもその時のことを深く語ろうとはしなかったけれど、一度だけすずが、あの時のことは感謝してると、そう俺に呟いたことがあった。

 すぐに、まったくあの狸は人および狐を化かすのがうまいんだから、とか、わけのわからないことを言ってうやむやにされてしまったけれど、あれはすずの本心だったと思う。

 そして、実を言えば、すずを励ましに行ったさくらちゃんが、

「如月くんが戦ったのは、あなたの幸せを護るためじゃないですか!それを……如月くんの想いを無駄にするんですか、あなたは!?あなたは幸せにならなきゃいけないんですよ!」

 という、マンションの外にまで響くトーニャの絶叫を聞いていたりした。

 さくらちゃんは、立ち聞きは良くないと考え、すぐにその場を後にしたそうで、それだけしか聞いていないそうだけれど、その言葉だけは伝えておきたいと、こっそり俺に教えてくれたのだ。そのおかげで、トーニャがどれだけすずんことを心配してくれたか、痛いほど良くわかった。

 そして、その直後、神沢市を揺るがす騒動があった。

 俺は当時、幽世にいたので実際に体験したわけではないのだけれど、トーニャの父親との喧嘩が、神沢市での戦争にまで発展してしまったのだそうだ。

 ひとことで言えば、トーニャとその兄ウラジミールさんはロシアの間諜、つまりスパイで、その組織の上層部と揉めた、というのがその親子喧嘩の真相だった。

 組織の備品クドリャフカや情報網を勝手に使用したこと、そしてすずを実験体としてロシアに連れて来いという命令に背いたことが、その原因だったという。

 そしてなにより、ウラジミールさんが言うには、トーニャの妹さんは死んでしまっていると。

 自暴自棄になり落ち込んだトーニャを立ち直らせたのは、七海さんとすずだった。

 これはわたしの問題ですから、ほっといてください、関係ないじゃないですかわたしのような裏切り者、そんなトーニャの言葉に七海さんは

「トーニャに関係なくてもわたしたちには関係あるのよ!スパイだとしても、わたしたちのことを騙してたとしても、わたしはトーニャのこと友達だと思ってるんだから!」

 と溢れる感情を言葉でぶつけ、すずは、穏やかな口調で

「だから、ほっとかない。それに、双七くんが護ったのは、わたしの幸せだけじゃない。そこにはあんたも入ってるんだから」

 と言った、というのは、またしてもさくらちゃんの弁だ。

 最後にはトーニャ、ウラジミールさん、そしてすずを捕まえようとして、父親本人が出向き、チェルノボグという軍隊まで投入してきたが、立ち直ったトーニャにウラジミールさん、会長、上杉先輩、事情を聞いた薫さん、虎太郎教諭、そして鴉さんが迎え撃ち、撃退したそうだ。

 そんなことがあったというから、ふたりも仲良くなったのだろうなぁという期待は、見事に裏切られた。俺が現世に帰ってきた時にはもう、ふたりは事あるごとにいがみあい、からかいあっていた。

 そう、ちょうど今、目の前で繰り広げられているように。

「おはようございます。刀子先輩、上杉先輩、如月くん、美羽、さくら、皆さんおそろいですね」

「あからさまにスルーするなぁ!」

 屋敷に着き開口一番のトーニャの挨拶に、すずが咆えた。トーニャはその声が聞こえないかのように俺のほうを向いて、

「おやおや如月くん、駄目ですよ。ペットはちゃんと表につないでおかないと」

「ペットって言うな!……大体ねぇ、つないでおくならまずあれでしょ!」

 すずが指差す先には

「チャオ!皆さんゴブサタね!」

 と人差し指と中指を立ててぱちりとウインクをかますロシア人が。もちろんドレッドヘアーで、筋骨隆々な体にぴっちりフィットする、アニメキャラの描かれたTシャツを着ている。

 なぜにウラジミールさんがここに?皆の視線に答えたのは七海さんだった。

「ごめんなさい。わたしとトーニャが話しているのを聞いて、是非自分も参加したいって言い出して、断れなくて」

「それにボク、役に立ったよ。ほら」

 背負っていたものを降ろしながら、ウラジミールさんが言う。やっぱりというかなんというか、それは狩人だった。白目をむいて死んでいる。額がいやに陥没しているのが恐ろしい。

「バスの急ブレーキの時に、前の席に頭ぶつけちゃって、ね」

「座席に座っていれば大丈夫、と思ったんですが……」

 七海さんとトーニャが口々に言う。

「申し訳ありません。変なことをしたらすぐ吊るしますんで、許してもらえませんか?」

 ウラジミールさんにキキーモラをちらつかせながら恐ろしいことを平然と言うトーニャ。

「私たちはかまいませんが」

 その刀子先輩の言葉を受けて続けたのは、いつの間にかやってきた鴉さんだった。

「私もかまいませんよ。にぎやかなほうがようございますから。皆様おそろいのようですね。料理のほうはまだ時間がかかりますゆえ、今しばらくおくつろぎください」

 鴉さんは人数分のお茶を用意すると、また出て行ってしまった。

 その後ろで

「やあ、もうバス停には着いたのかい?」

 と復活しつつ見当違いのことを言った狩人が誰からも気づいてもらえず、いじけていた。

 

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