郷導者の詩4

 『あやかしびと』及び『あやかしびと―幻妖異聞録―』の、如月すずシナリオ「輝かしき日々、再び」エンドの後日譚の二次創作SSです。

 八咫鴉と静珠の話(前編後編)と、双七とすずの話(前編後編)の四部構成になっています。

『あやかしびと』及び『あやかしびと―幻妖異聞録―』のネタばれを含みます。ご注意ください。

 

 

「しっかし、双七もすず嬢も変わらねぇなぁ」

 お茶をすすり、お茶請けのカステラを頬張りながら、上杉先輩が言った。

 変わらないという言葉に怒るべきなのか喜ぶべきなのか考えあぐねたようで、すずが微妙な表情で答える。

「ん、わたしの場合は変身してるだけだからね。今よりも成長した姿を思い描いて、うまく化けられるようになれば、どうとでもなるんだけど……」

「その完全無敵万能主義は卑怯千万だといったはずですよ、この女の怨敵、怪奇化け狐」

 トーニャが横から会話に加わってきた。いきなりケンカ腰だった。それはもう、なにメンチ切っとんのじゃワレいてまうぞコラァとでも言いだしそうなほどに見事なケンカ腰だった。もうちょっと仲良くしてほしいというのは、無理なのかな無理なんだろうなぁ。

 一瞬むっと顔をしかめつつも、すずはすぐに勝ち誇ったように胸をそらし、

「ふん、そういうあんたはどうなのよ。将来は成長しますよー、とかいってた割りに、変わったようには見えないけど?特に、胸とか」

 胸とか、の辺りをことさら強調する。なしてあなたも、そう地雷原に自ら石を投げ込みやがりますか。

「だ、だだだ、だまらっしゃい狐娘。成長しますよしてますよそりゃあもうわたしは一生成長期なんです!」

 どもりながら捲くし立てるトーニャ。そこでウラジミールさんが、ハテナと首をかしげた。

「OH!そりゃおかしいねマイシスター。ボクの観察した限りここ三年間、成長らしき成長は皆無……」

 ゴッ!

 言い終わる前に、鈍い音を立ててウラジミールさんの額にぶち当たるキキーモラ。会長と戦ったあの日を嫌でも思い出してしまう。痛いんだよなぁ、あれ。

 それでもウラジミールさんはむくりと立ち上がる。タフな人だ。

「なにをするんだいトーニャ、ああ、そうか、わかる、わかるよ!そう、日本古来の愛情表現イベント、照れ隠しだね!ハジライ!ツンデレ!イヤヨイヤヨモキスノウチ!」

 最後が微妙に間違っていた。にしても、なんでそう無駄な知識ばかり豊富なのですかロシアな方。

「少し黙りなさいこのセクハラマッチョ!ていうかなにを夏休みの自由研究のごとく観察し、あまつさえ公衆の面前で発表しとるかおのれは!」

「いやぁ、そうはいうけどね、朝顔の観察日記のほうがまだ変化に富んでると思うなぁ、ぼかぁ」といいつつ悲しげな顔でトーニャの胸を見て「なにせこっちは毎日、変化なしの一言で……」

「まだ言うか!」

 低姿勢から腰を使い、腕をひねりあげ、全体重を乗せたアッパーカット。どーん、と爆音とともにウラジミールさんは星になった。雉も鳴かずば撃たれまいに。

「あらぁ、美しい兄妹愛ですことトーニャさん。わたしたちとは大違い。ねー、双七くん」

 言って、俺の左手に腕を絡めてくるすず。いや、やめてください、怖いから、目の前で青筋立てながらビキィと固まるこのお方が。

「くっ、そもそもすずさん、以前は未熟だから成長した姿に変身できないとか言ってましたが、今は本当に変身で成長できるんですかあなた成長しているようには見えませんが成長してませんよねしてないといいなさいこのッ!」

 トーニャさん、発言が疑問形から断定、命令へと推移してますが。そんなトーニャの言葉を、あっさりとすずは認めた。

「まあね、変わってないわよ。もっとも、以前に比べれば変身には慣れてきたし、やってみれば出来るかもしれないけど……」

 あのぅ、といいながら手を上げるさくらちゃん。

「ということは、すずさんは何歳の姿にもなれるということですか?」

 七海さんが後に続く。

「正確には、自分でこの歳のわたしはこういう姿、と思い描く自分になれる、ということかしら。確かにすずさんは化けてるわけだから、それでもおかしくないけれど」

「まぁ、本当ですか?」

「うわぁ、すごいですねぇ」

「うらやましいのです」

 トーニャとすずの衝突に一時退避していたみんなが口々に言う。

「それほどでもあるけど」

 と調子に乗るすず。お前は少し謙遜という言葉を覚えなさい。

 と、そのとき、何事かを考え込んでいた上杉先輩が急に口を開いた。

「ん、まてよ、ということは」

「そういうことになりますねぇ、先輩」

 上杉先輩に同意する狩人。ふたりして俺のほうを見ては肯く。なんだか嫌な予感がひしひしと。

 そんな俺の心配をよそにさくらちゃんが狩人に尋ねた。

「あの、なにが、そういうこと、なんですか愛野先輩」

「いやなに、簡単なことさ。すずくんは何歳にでも変身できる。なのに今の姿のまま。そしてすずくんは双七くんの恋人。と言うことは」

 ざわっ、いっせいに女性陣からジト目を送られる俺。ああ、やっぱり。

「おやおや、如月くんはやっぱりちみっこいほうがよかったんですね」

 にや、っと意地の悪い笑みを浮かべるトーニャ。とりあえず反論を試みんとす。

「い、いや、誤解、誤解だってば!その、ちみっこいからとか関係なくて、すずだからというか、大きいのも悪くないというか、って違う、いやだからその、だって、ほら、俺の場合、初恋の人とかはちみっこくはなかったし……って痛い痛い痛い痛い痛い」

 先ほどまですずの絡み付いていた左腕に、犬歯がずぶりとつきたてられた。

「誰がちみっこいか!それに、双七くんは狐心がわからなすぎ!」

 ぷりぷり怒るすず。そんなすずの言葉にさくらちゃんと七海さんが、

「そうですよ、今のは双七さんが悪いです」

「そうね、今のは如月くんが悪いわね」

 刀子先輩と美羽ちゃんもつづいて

「双七さん、すずさんに謝ったほうがよろしいかと」

「です」

 女の子一同のさらなる非難の嵐にさらされる俺。ううっ、視線が痛い。でも、確かに今のは俺の失言だ。すずに顔を向け、素直に謝ることにする。

「ごめんな、すず。俺が悪かった」

「ふん、知らない」

 ぷいすとそっぽを向かれる。

「本当にごめん。許してくれ」

 すずの正面に回りこんで頭を下げる。

「も、もう、だからその捨てられた子狐のような目はやめなさいってば。あーもう、いいわよ。双七くんに悪気がないことくらいわたしが一番わかってるんだから」

「いや、それでも、俺の言葉がすずを傷つけたことに変わりないから、ごめん」

 誠心誠意を込めて謝る。うん、と微笑んでうなずいてくれるすず。そんな彼女が愛しくて、つい、

「それと、今は違うから。今も、そしてこれからも、俺が愛してるのは、すず、お前だけだから」

 すずの頬が、ぼっ、とマッチで火をつけたように赤みを帯びる。俺いま恥ずかしいこと言ったか言ったなうん。

 思わず沈黙。あぁ、どうしよう、そんなことを思ってると、すずがちら、ちら、とこちらを見つめ、俺の上着の裾をつかみ、

「あの、わたしも、いつまでも双七くんのこと、愛してるから、だから、ずっと一緒にいるから」

 そんな反則ともいえることを言った。頭から湯気でも出てるんじゃないかと思うくらい顔が熱くなる。

「うん、ありがとう、すず」

 それだけ口に出し、あとは言葉なく二人して見つめ合うこと数分、あるいは数秒だったのかもしれないけれど、

「えーっと、付き合い始めて何年も経つっていうのに、いい加減どこでもそこでもいちゃつくのはやめてもらえませんかこのバカップル」

 はっとして、すずから視線をそらす。周りが見えなくなってた意識も、一瞬にして引き戻された。気がつけば先ほど以上にジト目のトーニャや上杉先輩、少し赤い顔をしたさくらちゃんや美羽ちゃん七海さん、両頬に手を当ててぽーっとする刀子先輩に、おやおやと一人だけいつもどおりの狩人が。うわぁぁ、穴があったら入りたいってこういう気持ちなんだろうなちくしょう。

「なんなら掘らせましょうか、穴。すずさんと一緒に入れるくらい大きいの」

 クククッと笑いながら、トーニャはさらに突っ込んでくる。掘りましょうか、ではなく、掘らせましょうか、なあたり実にトーニャらしい。というか、人の心を読むのはやめてくださいほんと。

 と、その時、気を取り直したすずが、眉間にしわを寄せながら作り笑いを浮かべ、

「ふふん、男日照りだからって八つ当たり?もてない狸の僻みって怖いよねー、双七くん?」

 なんてとんでもないことを俺に振ってくる。

「なっ!」

 トーニャは絶句と共に固まったかと思うと、すぐにわなわなと震えだして、ちょっと、血管、血管浮き出てますよ!

 無駄とは思いつつも、なんとかなだめようと口を開きかけたその時、仲裁に入ったというか無駄に掻き混ぜたのは、またもやこの人だった。

「すずちゃん、それは違うよ!トーニャにはこのボクと言う兄がいるからね。そう、ボクらの兄妹愛は男女の愛をも超えるのさ。人目を忍び、抱き合う二人。ああ、トーニャ、ぼかぁ、ぼかぁもう……!」

 がばっとその丸太のような両手を広げ、アニメキャラの鎮座する胸へトーニャをむぎゅっと押し付ける。全然、まったく、これっぽっちも忍んじゃいなかった。

「ええい、嘘八百を並び立てるな!」

 キキーモラがウラジミールさんの首に巻きついたかと思うと、ゴキリ。皆まで言う前に気絶させられてしまった。静まり返った部屋に、いやな音を響かせ倒れるウラジミールさん。大丈夫なんだろうか、これ。

「こほん、それで話を戻して、すずさんが成長しない理由だけど……」

 一緒の職場にいるせいか、七海さんは見慣れたもので、即座に気を取り直す。

「その、それはね、さっきのが答えなの」

 少し頬を染め、すずが答えた。刀子先輩が首をかしげて、

「さっきの、と申しますと?」

「双七くんと、すっと一緒ってこと」

「みんなには知っていてもらいたいし、俺から話すよ」

 すずの発言を継いで、俺は言った。

 そう、すずが成長した姿に変身しようとしないのは、紛れもなく俺のせいだった。

 あの戦いで、俺は付喪神となった。

 付喪神、それは本当の妖ですらない、人工の妖。人に棄てられ、百年経った器物に宿った、人を恨むちっぽけな精霊。俺はそんな妖でありながら同時に人であることを、あやかしびとであることを選んだ。だから俺の魂は、誰も存在しない幽世へと連れて行かれた。俺の魂が人間のものとも妖のものとも判別されなかったが故に。

 確かに八咫鴉の体は、俺の魂にあわせて形を変えた。あやかしびとであることを選んだ、俺の魂にあわせて。人工の妖という、異質な存在でありながら、人と交わりたいと願った魂にあわせて。

 つまり、元来生物ではない人工物の妖であり、そうでありながら人と交わることを望む俺の魂が、老いのない八咫鴉の体に宿ったいま、その体は人の形を模りながらも……。

「不老不死!?」

 すずと俺を除く、全員の声が一斉にハモった。

「いや、不死はわからないんだけどね。肉体を吹き飛ばされれば死ぬ気がするし。でも、老衰とかは、ないみたいで」

 この三年で、疑いは確信に変わっていた。上杉先輩はさっき「変わらねぇなぁ」と言ったが、本当に変わってなかったりするのだ、これが。

 狩人がいつものように髪をかきあげながら、けれど真剣みを帯びた声で、

「つまり双七くんは、過去の多くの権力者が血眼になって求めていたものを手に入れてしまった、というわけだね。だけど、それは……」

 そう、それは決していいことばかりではない。不老であるということは、時の流れから取り残されるということ、時の外に立ち、見つめる者となるということ。時の中に交わることはできても、共に歩むことはできない。知り合い、仲良くなり、共に過ごした人も、いずれ歳をとり、俺を置いて死んでゆく。

 狩人は以前、僕は老衰で死ねるのかどうかすらわからないからね、それが少し怖い、そんな風に打ち明けてくれたことがある。だから、俺の置かれた状況に、一番敏感に気づいてしまったのかもしれない。

 場の空気が重くなりかけたその時、

「だから、わたしも一緒にいてあげるの」

 双七くんったら寂しがりやなんだから、と指先で俺の鼻をつつきながら、すずがからかうように言った。

 もちろん九尾の狐とはいえ、成長はするし、寿命もある。今もすずは成長し続けているだろうし、何千年かののち、その寿命を全うする日も来るだろう。すずは本当に不老なわけではない。

 だけど、いつか来るその日まで、すずは俺と出会ったときのすずでいてくれると「双七くんと一緒の時間にいてあげる」とそう言ってくれて、それはいつか俺がした「ずっとそばにいる」という約束でもあり、そう言われたときの俺は、駄目だとわかっていても自然と涙腺が決壊してしまって。

 ふと、すずが頭を撫でてくる。

「もう。ほら、泣かないの」

 訂正、今現在も決壊中。

「へぇへぇ、ご馳走様っと」

 そんなすずと上杉先輩の軽口で、場は再び賑わいを取り戻した。

「お話もひと段落ついたようでございますな。それでは、そろそろ料理をお持ちいたしましょう。精進料理ではございますが、皆様どうぞ召し上がってくださいませ」

 計ったかのような、と言うかおそらく本当に計っていたのだろうタイミングで、鴉さんが声をかけてきた。

 待ってました、とばかりに上杉先輩が喜色満面の笑みを浮かべ、刀子先輩とさくらちゃんが、お料理運ぶの手伝います、と席を立つ。わたしも、と立とうとした美羽ちゃんは、いえいえ、お二人に手伝っていただけるだけでも十分ですので、他の皆様はどうぞくつろいでいてください、と鴉さんに説得されていた。

 

 

 

 

 食事も出揃ったころ、鴉さんがなにやら徳利を持って入ってきた。

「上杉様、ご所望の熱燗にございます。まだまだありますゆえ、皆様もどうぞお好きなだけお飲みくださいませ」

「おう、サンキュー。じゃんじゃんもってきてくれ」

「って、あんたいつの間にそんなの頼んだのよ」

 七海さんが呆れたと呟き、美羽ちゃんが

「先輩、明日は朝のうちにそば粉を挽く日です。飲みすぎはダメなのです。」

 と釘をさした。

「うっ、あ、いや、でも久しぶりにこうしてみんなで集まったんだし、たまにはいいじゃねぇか」

「ダメなのです」

「その、だから、ほら、どうせ俺、二日酔いとかには強いし」

「ダメなのです」

「ぐ、むぅ」

 そんな上杉先輩と美羽ちゃんをからかうようにすずが言った。

「あらぁ、刑二郎ったら、すっかり美羽の尻にしかれちゃってるのねぇ」

「うぐっ」

 上杉先輩が呻く。先ほどのお返しとばかりに、俺も参加してみることにした。

「立場が逆転してますね、先輩」

「う、うるせぇ、双七!てめぇだって似たようなもんじゃねぇか!」

 思いっきり藪蛇だった。

「な、そ、そんな、こと、ありませんよ・・・・・・ないよな?」

「そこで情けない顔してすずさんに同意を求めてる時点で、まるで説得力ありませんよ、如月くん」

 トーニャににやりと笑われる。はい、おっしゃるとおりです。

「はいはい、落ち込まない落ち込まない」

 そもそも俺が落ち込んでるのは誰のせいでしょうか、すずさん。

「お互いつらいよな、よぅし、飲め飲め、双七、そして飲め飲め、俺。こうなったらお神酒からわかめ酒までとことん飲んでやるぜ!」

 もう酔いが回ったのが、いきなり問題発言をかます上杉先輩。

「な、ななな、なにを言い出すのよあんたは!」

 七海さんが上杉先輩の頭をすぱんと叩いた。その横で、

「伊緒さんの言うとおりです。わ、わ、わかめ酒だなんて、そんな破廉恥な……」

 といいながら、いやんと体をくねらせる刀子先輩。言動がいまいち一致してないような気がしないでもないのですが。

「そ、そうですよ上杉先輩、そういうのは家に帰ってから……ってあああ、美羽ちゃんごめんね、そんなつもりじゃ」

「あう、だ、大丈夫でなのです、さくら」

 答える美羽ちゃんの顔は、すでに真っ赤で。それにもかかわらず、

「だ、大丈夫ってことは、その、大丈夫ってことなのか?」

 上杉先輩はまたもや爆弾発言を投下する。美羽ちゃんは、あうぅ、とトマトのようになってうつむいてしまった。

「刑二郎、あんたはちょっと黙りなさい」

 七海さんに耳を引っ張られ、先輩が痛い痛い痛いと呻いたところで、またもや問題発言が。

「わかめ酒ってなにさ?」

 そんな、誰もが目をそらしたくなるようなすずの疑問に答えたのは、あろうことかいつの間にか復活したウラジミールさんだった。

「それはボクが説明しようじゃないかリトルガール!わかめ酒とはね、愛し合う男女のみが行うことを許される、日本古来より伝統のそれはそれはすばらしいお酒の飲み方なのだよ。そして、のどを潤した後には女体盛りと言うメインディッシュが待っているのSA!でもそうだね、すずちゃんの場合はおそらく、わかめ酒というよりは、われ……」

「仮にも三回忌の席でなにを言い出すかおのれは!」

 トーニャのフルスイングアッパー。またもや星になるウラジミールさん。本当にこの人は。

 その横ですずは、ほうほう、などと妙に頷いている。また妙なこと覚えてるんじゃないだろうか。

 ため息交じりに視線を外すと、鴉さんが部屋の隅からこちらを眺めていた。その姿が気になって、傍まで歩いていく。

「あの」

 話しかける俺に、いつもの笑顔で鴉さんが答えた。

「双七様、如何なさいました?」

 話しかけはしたものの、なにを言うべきかわからず、

「あ、いえ、その、今日はありがとうございます」

「いやはや、お礼を言うのは私のほうでございますよ。にぎやかで大変結構なことです。御頭もさぞお喜びのことでしょう」

 いつもの穏やかな笑顔にどこか愉快さを含ませて、鴉さんが言った。

「いや、喜ぶかな、これ……?」

 そういいつつ、眺める。

 上杉先輩は美羽ちゃんに飲みすぎを窘められて、そんな様子をみて七海さんはまったく、と柔らかな笑みをこぼし、すずは未だにわかめ酒について聞いて回り、聞かれた刀子先輩は、それはその、なんといいましょうか、かんといいましょうか、と真っ赤になり、狩人は里芋の煮っ転がしを喉に詰まらせて死んでいて、宴会といえば腹芸だといいながらなぜかパンツまで脱ぎ始めるウラジミールさんをトーニャがまたもや吹っ飛ばしている。

 そこにあるのは、輝かしき日々。俺が夢見た日常。交わりながらも、共に歩めない日々。みんなといること、それがたまらなく楽しく、だからこそ、辛い。

 そうか。唐突に理解してしまった。八咫鴉は、いまの俺の立場にいたのだと。時代から取り残され、交わることもできず、それでも国を、妖を、人間を、よりよき道へと導き、彼等の紡ぐ営みを、輝かしき日々を護り続けたのだと。

 すずを取り返したあの日の、八咫鴉の言葉を思い出す。

「――時々は、この屋敷に遊びに来なさい。鴉と二人で生きるには少々広くてね」

 あいつは俺以上の孤独を、すずのお母さん、静珠さんと離別してから味わってきたのか。そうでありながら、郷導者としてあり続けていたのか。

 初めて、あいつの三千年の重さに気がついた。未だに、いけ好かないという気持ちはどこかにあるけれど、すずと再び会わせてくれたことにも、本当に感謝している。不老の体は、俺たちとの絆のために尾を切ったすずと、長い年月を歩んでいけるという喜びでもあるのだから。

 だから、俺にできることなんてまだちっぽけかもしれないけれど。

「そっか、あいつのためにも、この日常を護らないとな」

 そんなことを呟いた。

「その意気でございますよ、双七様」

 鴉さんが相槌をうってくれる。俺は生き返ったあの日以来、鴉さんの仕事を、八咫鴉のこれまで続けてきた仕事を手伝っていた。

 人妖と人間の関係が悪化しないように、この国が少しでも良い方に向かうように。そのために今すべきことは、久我谷巌を中心とする与党のなかの人妖擁護派の支援を継続すること。神沢の内と外に渦巻くお互いへの不信を少しでも和らげること。

 俺に人の天賦の際を見抜いたり、ましてや、人を導いたりすることはできない。この支援だって、八咫鴉ほどうまくできないかもしれない。けれど少なくとも、八咫鴉の残したこの体と資産を有効に使うよう努力することはできる。

 だから、俺は後を任されようと思う。

 人と妖と人妖が、輝かしい未来を得られるよう、努力しようと思う。

「ちょっと、双七くん。結局わかめ酒ってなんなのさ?」

 いつの間にか隣に来ていたすずが、とんでもないことを聞いてくる。

「いや、お前はそれ知らなくていいから。ていうか、なんでそんなにこだわるんだよ」

「愛するもの同士のお酒の飲み方なんでしょ。いいから教えなさい」

 やっぱりおかしなことを覚えていた。

「こればっかりは駄目だ」

「むぅ、ケチ」

「ケチで結構。ほら、せっかくの料理がもったいないだろ。行こう」

 すずの手を取る。暖かくて、やわらかくて、少ししっとりとした、春の陽だまりのような手を。

「双七くん、どうしたの?」

 すずが不思議そうに覗き込んでくる。手の握りに微妙に力が入ってしまった。

「なんでもない」

 そう言って、二人して席へと戻る。

 輝かしい日常へ、決意を胸に、歩き出す。

 幽世の二人に約束しよう。

 俺は、この日々を護り続ける。あなたたちの娘と共に。

 

トップへ戻る

トップへ戻る