『月光のカルネヴァーレ』のルナリアルート、ロメオ団長エンドの二次創作SSです。
正確には、ロメオが「ルナリアを止める」を選択した後から、10年後のエピローグまでの間、その中間の時点の話という設定で描いています。
また、このSSには『月光のカルネヴァーレ』システムスクリプト担当の徒歩十分氏の製作後記絵に刺激されて書いている部分があります。
『月光のカルネヴァーレ』のネタバレを含みます。ご注意ください。
「はッ!」
跳躍したまま、ルナリアがパルカを振るう。その動きに従い、銀糸がいっせいに伸びる。
絡み付こうとする銀の糸に振るわれる狼が両手。狼の爪が銀糸を切断した。続けて腕がルナリアに迫る。ごぅ、と暴風のようにうなる豪腕。
その動きをさえぎるように、ロメオが駆ける。
「うおおおおぉおぉおおっ!」
「はああぁ!」
狼の腕をかい潜り、懐に飛び込む。先ほど与えた胸の傷に、再度
「ぐがあぁあぁ!」
狼の表情が苦痛に歪む。もがくままに足でロメオを蹴り飛ばした。
「ぐっ!」
苦悶の声と共に、吹き飛ぶロメオ。
胸に爪痕。引き裂かれて出血する。
だが、近距離から無理矢理出した蹴りにはそれほどの威力がなく、ロメオは体勢を立て直した。傷も満月の効果もあり、すぐにふさがり始める。
その間に、コルナリーナがチェス盤を生み出し、盤に
「お痛が過ぎますわよ」
コルナリーナの言葉と共に、狼へ向けて次々と舞う
槍、鎌、杭の乱舞、乱舞、乱舞。
月光を反射する銀器の煌きと、傷つき、噴出す狼の血。
「がゥアァあオおるおあオオあおアああアああ!!」
怒りと痛みに震える狼の叫びが、広場に響く。狼の爪が、
狼の攻撃に崩れ落ちる
それでも、コルナリーナが表情を変えることはない。
「総ては手の内ですわ」
愉快げに微笑む。そしてその言葉を証明するように、
「いっくよー!」
「グオぁアぉオォアぁあ!」
ディスク・オルゴールが狼の両足を切り裂き、鮮血を散らした。
狼が悲鳴と共に、鉤爪を振るう。
イリスに迫る、強風に吹き飛ばされた丸太のような腕。
しかし、その腕はイリスまで届くことはなく、
「――ッ!」
ペルラの
狼が衝撃にひるむ。さらにロメオが続き、
「はあっ!」
その腕に
「があぁアあ!!」
「もう一回、えいっ!」
機を逃さず、イリスのディスク・オルゴールが飛ぶ。再度、狼の両足を切り刻む。痛みに震える狼の悲鳴が、周囲の空気を振るわせた。
「ぐぎるルおオあオをアアオおアオオォ!!」
鮮血と苦痛の叫びと共に、狼が崩れ落ちる。
銀器による傷は、満月とはいえすぐに癒える事はない。立つこともままならず、全身血まみれで狼がもがく。
闇雲に両腕を振るう。豪腕が大地を揺るがす。地面のレンガがひび割れる。
しかし、それは今や狙いもなく感情的に振るわれるだけ。理性を失った狼が、痛みに暴れているに過ぎない。
その腕に、再び銀の鎖が走る。
「閉幕の時間です」
ペルラの言葉と共に、鎖の先端に取り付けられた
「ガアァああぁアアァアおぉォあァア!」
右腕の傷を、左の腕で押さえ、叫ぶ狼。
ルナリアがパルカを掲げ、再度跳躍。
「――ふッ!」
銀糸が、狼の上半身に、今度こそ絡みついた。10の糸で狼の両手を拘束する。糸の締め上げに、狼の全身の筋肉が薄く切れ、血が噴出する。
「ロメオさん、今です!」
銀糸を引きちぎろうと身体をよじる狼。そこにロメオが全力で駆ける。
「おおおぉおおおぉおおおぉおおっ!」
自分の中の狼に身体を奪われないように。満月に理性を失わないように。全精神を注いで、
それは人間の身体から生えた、狼の腕。
その総てをぶつけるように、腕を狼に突き出し――。
「だあああぁああああぁあああああぁああ!」
「ぐるぅうゥアァあがあるがあああああおアあがぅあアああ!!」
視界一面に広がる、狼の血。咽返るほどの血臭が鼻をつき、次の瞬間、ロメオの顔中に返り血が降りかかる。口に広がる獣の血の味。視界が真っ赤に染まり、ロメオの中にくすぶっていた狼が、狂喜に踊る。
「ぐるぅうゥアァあがあるがあああああおアあがぅあアああ!!」
狼の断末魔すら、ロメオには精神を陶酔させる音楽に感じられる。口の中に広がる血の味が、戦闘の疲れをも癒し、恍惚とした気分に導く。
ロメオの中の狼が、一時的な落ち着きを見せる。月が昇ってから、しきりに飢えを訴えていたロメオの狼が。
大きな音を立てて、今殺したばかりの狼の死体が、ロメオの目の前に倒れた。
死体。
たった今、狩った獲物。
獲物の身体は未だ生暖かく、傷口から新鮮な血を噴出している。
そう。これは獲物。
狩ったのは自分。
一度収まりかけた狼の衝動が、再びもたげる。心臓が脈動する
満足するにはまだ早い。
満月も未だ天に高く、時間はたっぷりとある。
これからこの牙で、思うまま、存分に貪り――。
「ロメオさん、ロメオさん!しっかりしてください!」
声が、聞こえる。
ロメオを呼ぶ声が。
途絶えかけた意識が、再び浮かび上がる。
聞こえる。
自分の名はロメオ。
そして、この声は……。
導かれるように、ロメオは眼を覚ます。
「……ルナリア」
気がつくとロメオの全身は、銀糸で拘束されていた。
頭に靄がかかったように、視界が狭い。その視界にルナリアの顔が浮かぶ。
「気付きましたか?」
ロメオを呼んでいたルナリアの声。
「ああ……助かった」
ロメオは自分でも驚くほど素直に口にしていた。同時に自分の意識を確認する。内の狼はじりじりと身を焦がすが、なんとか押さえつけることができていた。
時間がたつにつれ、狼の猛りは落ち着き、ロメオの意識もはっきりとしてくる。周囲を見回せば、男を誘い出した広場。月は未だ天に高く、男の死体はそのまま転がっている。我を失いかけてから、そう時間はたっていないらしい。
「あまり心配かけないでください」
ルナリアのそっけない口調。だが、その言葉が本心であることがロメオにはわかった。だからこそ、ロメオは正直に答える。
「そうだな。努力はする。けれども――」
けれども、約束はできない。
なぜなら、これからも、同じことが続くだろうから。
狼との戦い。それは満月の夜の
血に狂いそうになることが、これからも何度もあるだろう。傷つくことも、何度もあるだろう。
それでも。
償わせて償う。ロメオはそう決意したのだ。
ロメオの心を見抜いたように、ルナリアが口を開く。
「続ける気ですか?今日の様なこと」
「――ああ」
「損な性分ですね」
呆れたようにルナリアが言う。
ロメオは溜息をついて答えた。
「そんなんじゃない。……ただの貧乏
「
「ほっとけ」
ロメオの軽口に、ルナリアは真剣な表情で答える。
「ほっときません。私はロメオさんの役に立つために、ここにいます」
「……すまん」
未だ曖昧な意識のせいか、ロメオはまたも、素直に口にする。ロメオが狼を狩るということは、ルナリアたちを危険にさらすということでもあるのだ。
だがルナリアはそのようなことは考慮しない。ただロメオのことだけを考える。
「いいですよ、心配かけないよう努力してくれれば。努力しても駄目なときは、私がいます。いつまでも、私がロメオさんを止めます」
言って、ルナリアは微笑んだ。その答えによどみは一切感じられない。
「そうだな」
ルナリアの微笑みに、ロメオは薄く笑みを返す。返しながら、ロメオは思う。確かに自分は
けれども、それでも、一枚くらいは当たりもあったと。
ルナリアと話すうちにロメオは落ち着きを取り戻していく。頃合をみてペルラが言った。
「ロメオ様、時間が押しています」
言われてロメオは、あらためて空を見る。男を誘い込んだときには雪雲の隙間から薄く見えるだけだった満月は、いまや夜空に輝いている。
「あ、ああ、悪い。ずいぶん長く付き合わせたな」
ロメオの言葉に答えたのは、コルナリーナだった。
「もとより私たちは人狼を屠るように作られたもの。気にする必要はありませんわ。それに、私とて
その言葉を聞いているうちに、ロメオは思い出す。
「そうだ、コルナリーナ。あの女の子は?」
「仰せの通り、イリスのオルゴールで意識を失ってもらいましたわ。気がついたときには夢でも見ていたと思うのではありませんか?」
「そうか」
「あの変なウサギも、たまには、役に立つものですわね」
コルナリーナの言葉にイリスがふくれる。
「たまにじゃないもん!クリオくんはオババよりずっと役に立ってるもん!」
「い、言うに事欠いて、あんなぬいぐるみのほうが私より優秀ですって?!なんてことを言いますか、このおチビは!」
二人のやり取りにロメオはたまらず、
「帰ってやれ!」
イリスが思い出したように大声を上げた。
「ああっ!そうだ!帰る前にクリオくんお迎えに行かなきゃ!きっと寂しくて泣いてるよ!ペルラおねえちゃん、どのくらい時間たっちゃった?!」
「あの狼をおびき寄せ始めてから、1時間15分24秒が経過しています」
「たいへんだー!」
慌てて、イリスはクリオを取りに走る。その様子を見ながらコルナリーナが言った。
「まったくあのお子様は……。オルゴールの効果がなくなれば、周囲の人間も意識を取り戻します。早めにこの場を離れたほうがよろしいかと」
「ああ」
コルナリーナにそう答えながらも、ロメオは立ち去ることに躊躇した。
路上には未だ、男の死体があるのだ。
イリスのオルゴールのおかげで目撃者はゼロ。放置しておいても自分たちに嫌疑が及ぶことはない。だからロメオの躊躇いは、そういったことへの心配ではなく、悔恨。いくら決意したとはいえ、元仲間の命を奪った悲しみは消えはしない。なのに、亡骸を弔うことすらできない。その気持ちがロメオを躊躇わせる。
とは言え、このままここに留まるわけにもいかない。ロメオは気持ちを押さえつけて立とうとして――銀糸に拘束されたままであることに気付いた。
「ルナリア、解いてくれ」
ロメオが言う。ルナリアは即座に、
「嫌です」
「は?」
「鎮める必要があるでしょう?そんなわけで、このまま運びます」
「――なっ!……いや、だが、もう落ち着いてるわけで、わざわざ縛っておく必要はなくてだな」
「今にも死にそうな顔をして何を言ってるんですか。素直に言うことを聞いてください」
そこでいったん言葉を切ったかと思うと、
「――それに、たまにはこういうのも」
ルナリアは呟きながら薄く笑みを浮かべる。
「いや、待て。なんだ、その笑いは」
「待ちません。私はロメオさんの
ルナリアはロメオの背と足の膝に手を回すと、抱き上げる。
「おい、なにを……」
「お姫様抱っこです」
「冷静に言うな。いや、それ以前に、オレが抱き上げられてどうする」
「いいから、ちょっと黙っててください」
「ちっとも良くない!誰か……」
「付き合ってられませんわ。私、先に帰らせていただきます」
ロメオが言い終わらないうちにコルナリーナは答え、そのまま立ち去る。いつの間にかペルラの姿も見えなくなっていた。
「さ、ロメオさん、私たちも帰りますよ」
「い、いや、帰りますよ、じゃなくてだ――なっ!?」
ロメオの言葉を待たず、ルナリアの身体が跳躍。質量を変え、重力に逆らい、ルナリアが舞う。パルカで銀糸を操って、ロメオを抱いて夜空を駆ける。
「ば、ばか、降ろせ!」
「あ、駄目ですってば。暴れないでください」
感傷に身を切り裂かれる暇すらなく、静かな夜を騒がしながら、ロメオはサーカスのテントへと帰る。
次の日の朝、ロメオは叩き起こされた。
「ほらほら、ぐずぐずしてないで、さっさと起きてください」
寝ているロメオの頭に響く、ルナリアの声。
ロメオはといえば、昨夜の戦闘での出血に加え、狼を抑えるために使った労力、さらには夜遅くまでルナリアに付き合わされたせいで、頭がはっきりしない。
寝ぼけ眼のままロメオは口を開く。
「……公演は来週からだ。準備は起きてからちゃんとやるから、もう少し寝かせてくれ」
しかし、返事はロメオにとって予想外のものだった。
「なに言ってるんですか。そんなことでわざわざ起こしません」
「――ん?」
状況を把握できずにいるロメオに、ルナリアが答える。
「ん?じゃありません。デートです。昨日、約束したじゃないですか」
毛布をかぶりなおして、ロメオは眼をつぶり、
「寝る」
「起きてください」
ルナリアが毛布を引き剥がした。
「寒ッ!」
「今日も雪が降ってますからね。ほら、そんなことより、しゃきっと眼を覚まして」
「……勘弁してくれ」
仕方なしにロメオはベットから出る。
食卓には既に朝食が用意されていた。
ベーコンエッグとサラダ。
満月の夜の次の日は、特に腹が減る。眼が覚めると急激に空腹感に襲われた。ロメオはさっそく料理を口にする。
カリカリに焼かれたベーコンに、ちょうどいい火の通し加減の玉子。コショウでの味付けも濃すぎず薄すぎず、絶妙。やはり、旨い。
昨日の事もある。料理について何か聞かれるかもしれないとロメオは覚悟していた。が、ルナリアはそれどころではないようだ。身支度を整えながらルナリアが言う。
「それを食べたら準備をして、11時に駅の裏にある公園の噴水まで来てください」
「公園?なんで」
「待ち合わせです」
「待ち合わせ?」
「あの女の子に聞きました。そこの公園の噴水は絶好の待ち合わせスポットなんだそうです。待ち合わせしない手はありません」
「一緒に住んでおいて、待ち合わせもないだろうに」
「聞こえません。良いから、ちゃんと食べて、時間通りに来て下さいね」
言うだけ言うと返事も聞かず、ルナリアは先に出かけてしまった。時刻はまだ10時を回っていない。
ロメオは遅めの朝食を食べ終えて一服。食後のコーヒーを飲みながら、紫煙を燻らせる。
面倒だという気持ちがある一方で、そんなのも悪くないと思っている自分に気付く。なんにしろルナリアの休日に付き合うと決めたのだ。ならばとことんついて行くしかない。
欠伸をひとつし、両手を上げ、背を伸ばす。
そこにイリスとペルラが現れた。
「おっかいもの、おっかいもの」
イリスはウサギの人形を胸に抱き、上機嫌だ。ロメオはその言葉を聴き、声をかける。
「ん、なんだ、買い物か」
「うん!ルナリアおねえちゃんに頼まれたんだよ」
用意周到なルナリアにロメオは感心しかけ、
「それはいいが、おまえたち、市場の場所はわかるのか」
「あっ!」
「……」
二人そろって沈黙。
ロメオは灰皿にタバコを押し付け、立ち上がった。
「……雪も降ってるしな、車で連れてってやる」
「えっ!ホント?!」
イリスが確認してくる。
「こんなことで嘘をついてどうする」
ロメオの言葉に、
「すげー!ロメオおじちゃんがロメオおじちゃんじゃないみたい!」
「道理で雪が降るわけです」
イリスとペルラがそろって驚きの声をあげた。
「おまえらオレのことをなんだと思ってる。……いいから、早く来い。置いてくぞ」
カップに残ったコーヒーを飲み干すと、ロメオは外へと向かった。