ベルモントは遥か彼方1

 『月光のカルネヴァーレ』のルナリアルート、ロメオ団長エンドの二次創作SSです。

 正確には、ロメオが「ルナリアを止める」を選択した後から、10年後のエピローグまでの間、その中間の時点の話という設定で描いています。

 また、このSSには『月光のカルネヴァーレ』システムスクリプト担当の徒歩十分氏の製作後記絵に刺激されて書いている部分があります。

 『月光のカルネヴァーレ』のネタバレを含みます。ご注意ください。

 

 イタリアの地方都市。人々が集まり賑わう、駅前広場。

 旅行者が物珍しそうにうろつく一方で、地元民が縦横無尽に歩き回るはずのその場は、しかし、今日に限っては、その地元民にとっても目新しい存在によって支配されている。

 その場に建つのは、見慣れぬテント。昨夜より降り続ける雪も気にせず、人々が足を止める。浮き立つ観衆のざわめきと注視を受けて、テントの中から現れた男は、

「さあさ、みなさんおまちかね。人形曲馬団チルチェンセスが、遠路はるばるやってきたよ」

 世にも奇妙な変態だった。

 シルクハットに黒マント、それだけならサーカスの衣装と解釈できるのだが、奇妙な眼鏡に奇妙な髪型、さらには不気味なその言動。眉毛は綺麗に剃り挙げられれ、ぬらぬらと紅い唇の上にはちょび髭ひとつ。彼は、サーカスだから、の一言では片付けられない気味悪さを醸し出していた。

 ダヴィデ。それがこの人形の名前だ。

 周囲の人間の当惑をよそに、ダヴィデは口上を続ける。

「さてさて、人形曲馬団とはなんだろね?なんだろねと問われれば、答えぬわけにはいかないね。人形曲馬団チルチェンセスは、御伽の世界のサーカスさ。人形達による大サーカスの開幕だよ。嬉しいね。楽しいね。わくわくするね」

 観衆たちに話しかける。が、遠巻きに見つめていた彼らは、皆そろって目をそむけた。

「わぁくぅわぁくぅ、するね!」

 ダヴィデ人形は観衆にずいと一歩にじり寄る。にんやりと、楽しんでいるのかおこっているのか泣いているのか、それすらも解からない、笑みらしき何かを浮かべながら。その動きに観衆は、じりと一歩後ろに引いた。

「わあぁくうぅぅわあぁくうぅ、すうぅぅるうぅ、んっねええぇーい!!」

 ぐわばとマントを広げるダヴィデ人形。マントに薄く積もっていた雪が、パッと飛び散る。張り付いた笑みは両頬が裂けんばかりに広がり、目にしたゴーグルがきらりと輝いた。

 逃げ惑う子供たち。

 泣く子をあやす大人たち。

 そして手元のストリートオルガンのハンドルを回しながら、子供を追いかけるダヴィデ。

 能天気な音楽と、悪夢のような光景が、周囲に広がった。

 そのうちに、逃げ遅れた女の子がダヴィデに詰め寄られる。年のころは10歳前後。歳のわりに落ち着いていそうなその顔が、恐怖にゆがんでいる。

「わくわくするね」

 女の子が、こくこくと、人形のように肯く。彼女の表情は引きつっていたのだが、ダヴィデは満足したように、

「よろしよろし。良い子だね、実に良い子だ。子供は素直が一番さ。素直さをなくしたら大人になっちゃうよ。でもね、お嬢ちゃんは大人になるにはまだ早いよ。ネバーランドは子供だけの特権だからね!ひゃっひゃっひゃっひゃっ!」

 笑いながら、服より二枚の紙を取り出す。女の子に向かって差し出して、

「さあさ、良い子のお嬢ちゃんには特別にこれをプレゼントだ。楽しい楽しいネバーランドへの招待状さね。お母さんかお父さんと一緒に来るがいいね」

 それは人形曲馬団チルチェンセスの公演の入場チケットだ。人形曲馬団チルチェンセスは、大陸中を渡り歩いている。この都市に来たのはつい先日で、来週より公演を予定していた。だからこそ、滅多にない機会に、広場は浮き足立っていたのだ。……ダヴィデが現れる、つい先ほどまでは。

 ダヴィデにさあさと急かされて、女の子は恐る恐る手を伸ばす。

 その女の子の顔に、ぐいと自分の顔を近づけるダヴィデ。

「嬉しいね」

 びくりと震える女の子。

「嬉れしぃいね!」

 怯えに小さく涙を浮かべる。

「ううぅぅれええぇぇしいぃぃいぃー、んねええぇぃい!」

 ダヴィデ人形、大絶叫。

「ひっ、っく、う、うっぁぁぁっ」

 女の子はついに泣き始めてしまった。

 

 

 

 少し離れた場所、広場に構えたテントの中から、その様子を眺める人影がふたつ。

「逆効果だと思います、あれ」

 言ったのは月長石[ルナリア]瞳石[ジェンマ]を持つ人形、その青と白の交じり合う瞳に、薄く輝く緑色の髪をツーテールに纏め上げた少女、ルナリア。正視に耐えかねるとでも言いたげに、視線をそらし、唇は力ない笑みを浮かべる。

 ルナリアの指摘に、ロメオは小さく息を呑んだ。

 公演の宣伝役を、作りたてのダヴィデ人形に任せてみたのだが……。逆効果。そのようなことはない、と言うことが、ロメオには出来ない。もしかすると、そうかもしれない。そのような気も、しなくもない。おそらく、多分、十中八九……まずまちがいなく、ルナリアの言い分は正しい。

 ダヴィデの人形は電気式[イミテーション]にしては、よく出来ている。むしろ、良く出来すぎている。作ったことを後悔するくらい、良く出来すぎている。たまに悪夢に見るくらいに、良く出来すぎてしまっている。それは、宣伝においては、明かに逆効果だ。

 とはいえ、ダヴィデに仕事を任せる以外に方法がないのもまた事実だった。

 ロメオはやはり、客商売は向いていなかった。イリス、ペルラ、コルナリーナを修理し、人形曲馬団チルチェンセスとして大陸を回り始めたまでは良かったが、案内役がロメオにはうまく出来なかったのだ。

 うまく出来ないどころか、客を怒らせて帰らせてしまったことも幾たびか。

 そのため、開演の前口上や案内をさせるつもりでダヴィデ人形を作ったのだが。

 ロメオは小さく溜息をひとつ。

「脅してどうする」

 頭をかいて、ロメオは呟いた。

 

 

 

 二人の呟きが届くはずもなく、広場ではダヴィデが、泣きじゃくる女の子に更に詰め寄っていた。

「あれれ、涙はいけないよ。悲劇と喜劇は表裏一体。当事者にとって悲劇でも、外から見たら滑稽だなんてことはよくある話だね。他人の悲劇は蜜の味さ。でもね、見世物[チルチェンセス]は楽しい舞台。この楽しい喜劇に涙は無用だよ。さあさどうにか泣き止んでおくれ」

 言って再びストリートオルガンのハンドルを回す。もちろん奏でている音楽は普通の譜面[ミュージックロール]によるものだ。本物のダヴィデが持っていたもののような錬金術の譜面[ミュージックロール]ではない。ただ周囲の人々の心を浮き立たせる、不思議なメロディを奏で続ける。

 それでも女の子は泣き続けた。

 ロメオもいい加減、見ていられなくなる。ダヴィデにその気がなくとも、あれではトラウマを植えつけかねない。

 それに、放っておけばサーカスの悪評になってしまう。

 ロメオは再び溜息をひとつ。

「……しかたない」

 タバコを一本取り出して、火をつける。一度吸い込み、煙を吐き出すとロメオはテントを出た。

「ロメオさん?」

 ルナリアの声を背に聞きながら歩く。さくさくと薄い積雪が音を鳴らす。風に舞う雪が頬に冷たい。紫煙ではなく、白い息を吐きながら、ダヴィデの前に来るとロメオは言った。

「おい、ここはいいから向こうで宣伝を続けてくれ」

 ダヴィデは肯き、その場を離れていく。その背中に、声をかける。

「……あまり派手にやり過ぎるなよ」

 言いながら、無理な相談だなと、ロメオは自分の言葉に嘆息した。

 気を取り直し、視線を女の子へ向ける。女の子は未だ泣き続けていた。

「あー、その、なんだ、あいつはもういないから、な」

 なんとかなだめようとするが、ロメオの言葉も、女の子には届いていないようだった。

「っ、うっ、ぁぁぁっ」

 しゃくりあげ、涙を流し続ける。

 タバコをもう一度吸い込む。どうしたものか、思案にくれていたところ、

「いつまでもないていているわるいこは、ぼくがたべてしまうよ、おおかみがいいました」

 女の子の前で、小さな狼の人形が手を動かしながら言った。いや、正確には、言ったのは後ろで人形を操っているルナリアだが。いつの間にか愛用の赤頭巾ちゃんと狼の人形を持ってきてロメオの傍らに立っている。

 口を開ける狼人形。隣の赤頭巾ちゃん人形が、狼人形を止めに入る。

「やめて、おおかみさん、ひとをたべたりしてはいけないわ、そういってあかずきんはおおかみをとめました」

 赤頭巾ちゃん人形は狼人形を押さえつけた。

「でもこのこはないて、ひとをこまらせてるんだ。わるいこなんだよ。おおかみはいいました」

 狼人形が言いながら、じたばたと暴れる。

「わるいこなんかじゃないわ。いいこよ。あかずきんはいいました」

 なおも手足を動かす狼と、押さえる赤頭巾ちゃん。いつもと違う趣向に、ロメオは訝しがる。

 そうしているうちに、赤頭巾が女の子に話しかけた。

「そうよね、もうなかないよね?」

 いつの間にか泣き止んで寸劇を見つめていた女の子は、

「……うん。もう泣かない」

 そう言って、こくりと肯いた。

 狼人形がびっくりしたように頭を下げる。

「いいこだったんだね。おどかしてごめんなさい。おわびにこれをあげるよ」

 言って狼人形が差し出したのは、先ほどダヴィデが女の子に渡そうとしていた公演のチケットだ。ちゃんと二枚そろっている。

 ロメオは苦笑を浮かべるだけで、何も言わない。ダヴィデ人形がしたこととはいえ、一度はあげるといった物だ。今更駄目だと言うのも締りが悪い。

 だが、女の子は一瞬浮かべた嬉しそうな顔を、すぐに引っ込めた。

「でも……」

 と躊躇する。

 その様子に、ロメオが尋ねる。

「ん?どうした」

「知らない人から何かもらっちゃ駄目だって、断りなさいって、言われてて」

「ああ」

 ロメオは肯く。それはそうだ。うまい話で釣って騙そうとする悪人なんて、この世に溢れている。親が警戒するのも無理はない。

「オレたちはこのサーカスの関係者だ。他意はない。このチケットだってちょっとした気まぐれだ。気にするな」

「でも」

 なおも戸惑う女の子に、いつのまにか人形を片付けたルナリアが話しかけた。

「ただでなければいいんですか?」

「おい、ただでなければって……」

 ロメオは目を瞬かせる。まさかこんな子供から代金を取ろうというのか。

 そんなロメオの杞憂をよそにルナリアは続けて女の子に言った。

「なら、この街を案内してください」

 

 

 

 どうしてこんなことになったのか。

 狭い路地を歩きながら、ロメオは考える。

 ルナリアの提案は、女の子にこの街を案内してもらい、そのお礼にチケットをあげるというものだった。

 案内といってもガイドのような大したものではない。この辺で新鮮な食材を売っている市場を教えてもらう、それだけのことだ。

 ロメオたちがここに着いたのはつい先日。この土地のことはなにもわからない状態。確かに食料を手にいれる場所だけでもわかれば助かる。

 ――だが。

 肩に積もった雪を払いながらロメオは思う。

 なにも今日でなくともいいではないか、と。

 昨夜より降り始めた雪は、今も薄灰色の空から溶けるように天より舞い落ちる。決して豪雪でも吹雪でもない。傘を差すほどのものでもない。雲の隙間から日も見える。けれども、それでも身を刺す冷気。寒いものは寒い。

 なぜオレまでつき合わされるのか。そんな文句が頭をよぎる。

 ロメオはなにも、ただ寒いからと言うだけで帰りたいわけではない。一応は団長だ。公演の準備に事務手続きにと、やらなければならないことは多々ある。それに、あまり雪が降るような場合には、テントの雪かきもしなくてはならないのだ。

 食料の買出しに付き合えばそれらの作業が遅れることになる。開演は来週。遅延は喜ばしい事態ではない。……というか、下手をするとペルラの恐ろしい視線によって、無言で罵倒されかねない。

「なにか不満でも?」

 隣でルナリアが言う。頭を振ってその危惧を追い出す。ロメオは新たなタバコをくわえながら答えた。

「……別に」

「嘘をつくなら、もう少し上手くついてください」

 ロメオは頭をかく。

「嘘は苦手なんだ」

「知ってます。だったら、はじめからつかないでください」

「じゃあ不満だって言えば、帰っていいのか?」

「駄目です。是が非でも付き合ってもらいます」

 ルナリアは冷たい声で言い放つ。

「どうしろって言うんだ」

 ロメオは小さく呻いた。

 これじゃ、主従があべこべだ。

 そう思ってロメオは気付く。いつかの買い物を思い出す。一日だけでいいから主人[パドローネ]になってくれといわれた日のことを。最初から二人の関係はそうだった。

「今更だな」

 ロメオは小さく呟いた。

「何か言いました?」

「いや、別に」

 そう言っている内に、急に、目の前の視界が開けた。

 すぐ前で先導していた女の子が言う。

「ここだよ、おねえちゃん、おじちゃん」

 目の前の広場には、大規模な市場が広がっていた。

「ほぉ……」

 眺めて思わず、ロメオは声を漏らす。食料品のほか、雑貨に衣料品にと、大抵の物がそろいそうだ。テントを構えた広場からも近く、ちょうどいい。

「……どう?」

 女の子がルナリアに遠慮がちに尋ねる。

「申し分ありません。助かりました」

 ルナリアは口の端を緩ませて言った。

「本当!?じゃあついでに、食べ物の安いお店、教えてあげるね」

 言って女の子は再び歩き出す。ルナリアもその後に続いた。

 女の子は一緒に歩くうちに、ルナリアとロメオに対する警戒心をだいぶ解いていた。信用される事自体は、気分は悪くない。だけれども、初対面の相手にこれでは、それこそ誰かに騙されるのではないか。

 余計な事を考えている自分に苦笑いし、ロメオも二人を追った。

 

 

 

 買い物は順調に終った。

 ルナリアが欲しいものを言う。その度に女の子が取り扱っている売店を教える。その繰り返しですぐに必要なものが集まった。

 ルナリアは、売店の場所をひとつひとつ記憶していく。この街にはしばらくの間、公演で滞在予定だ。何度もこの市場に足を運ぶことになるだろう。今も周囲を小さく見回し、利用したばかり売店の場所を確認している。

 その横で、女の子に感心して、ロメオが言った。

「ずいぶん詳しいんだな」

「うん。いつもお使いしてるから」

 女の子が屈託ない表情で答える。

「親の手伝いか」

「ううん。お父さんもお母さんもいないよ」

 屈託ない表情のまま、女の子は言った。

「そいつは……すまん」

 ロメオは小さく顔を顰める。

「別にいいよ。今の施設に入れただけ幸せだから」

 対して感情も込められていない言葉。無理をしていると言う風でもない。自己を憐憫していると言う風でもない。その口調はただ淡々と事実を語っていた。

「……そうか」

 ロメオは言いながら、まいったな、と、心の中でひとりごちる。彼女は、ロメオやダヴィデ人形が考えていたよりも、ずっと大人だったらしい。

 この街に限ったことではない。両親を失う子、あるいは両親など最初からいない娼婦の捨て子などは、あらゆる街に溢れている。

 その中で救われるのはごく一部だ。

 救われなかった子供は、餓えに朽ち果てるか、あるいは徒党を組んでギャングの真似事をし、犯罪に手を染めるか。例えば、かつてベルモントにいたバンビーニのように。

 女の子の身なりは小奇麗で、餓えている様子も見られない。体も清潔だ。狼の鼻にも、以前のノエルのような臭いは届かない。よい施設に入ることが出来たのだろう。

 ノエル。ロメオの頭にかつての同居人の顔がよぎる。ベルモントを出て以来、ロメオはノエルと会っていない。今はヴァレンティーノの死により、オルマ・ロッサもいくつもの組織に解体されてしまった。ノエルがどうしているか、ロメオは知らない。だけれども、レベッカやマルカントニオと一緒なら大丈夫だろうという確信はある。自分の出る幕ではない。

 それに――。

 ロメオは思う。

 ノエルがオレを許すことはないだろう。ルナリアと共に生きることを選んだオレを。

 ノエルとの懐かしい想い出は、心を暖めることはなく、冷たい針となって胸を突く。

 ロメオはその感覚にも慣れていた。間違いをこれまで幾度も重ねてきた。後悔もこれまで幾度も重ねてきた。だが、今度は逃げたのではない。終わりのくる御伽噺ではない。今の生活を選んだのはロメオ自身だ。

 それでも、タバコを挟む二本の指が小さく震えた。

 いつの間にかルナリアが隣に来ていた。両手に食材を入れた袋を持ったまま言う。

「また誰か別の人のことを考えてますね」

「……オレの勝手だ」

「女の子といる時に、ほかの女性の事を考えるのは大罪ですよ?」

「言ってろ」

 くだらないやり取りで、指の震えは収まった。

 女の子と別れ際、ルナリアは約束のチケットを渡す。

 女の子は一枚だけで良いと言う。その言葉に、先ほど女の子の境遇を聞いたロメオは何も言わない。

 ルナリアも何も言わず、一枚だけ渡した。

 ルナリアと二人でテントへと向かう。その道すがら、ルナリアが口を開いた

「さて、それでは持ってください」

 ルナリアは両手の袋をロメオに突き出す。

「オレがか?」

「大罪だと言ったでしょう。罪は償ってもらいます。それともあれですか、ロメオさんは乙女が重荷に耐えかねて顔を歪めている姿を見て喜ぶ趣味でも持ってましたか?」

「バカ言え」

 言って袋を受け取る。五人分の食材だが、狼の力には全く苦にならない。まして、今夜は満月だ。まだ日中とはいえ、ここ数日は体中に力が溢れている。

 ルナリアは満足そうに肯き、

「では、次に――」

「まだあるのか」

 呆れた声でロメオが言う。

「もちろんです。大罪ですから」

「まあいい。で、なんだ?」

 ロメオの問いかけに、いつもと変わらぬ平然とした顔でルナリアが答えた。

「明日、デートして下さい」

「――は?」

 懐かしい物言いに、ロメオは思わず聞き返す。

 「日々、労苦に勤しむ人形に、たまには休みを与えても罰は当たらないと思うんですけど?最近はサーカスの仕事にかかりきりだったんですから」

 最近のルナリアは、外出するにしても仕事関係の場合がほとんどだった。休暇らしい休暇は取っていない。いくら自動機械人形[オートマタ]とはいえ、精神的な疲労はある。

「それとも、私とデートするのは嫌ですか?」

 ルナリアが言う。

 タバコをふかしながら、ぶっきらぼうに、ロメオは答えた。

「別に、そんなことはない」

 輝く月長石[ルナリア]瞳石[ジェンマ]が、ロメオを見つめる。

「では決まりですね」

 明日も公演の準備は進められそうにない。ロメオは観念して答えた。

「わかった、わかった」

「もう少し嬉しそうな顔してください」

「注文が多いぞ、ったく。おまえこそ、少しは嬉しそうにしたらどうだ」

「言われるまでもありません」

 言いながら、ルナリアは微笑を浮かべる。ロメオの眼が釘づけになるほどの、柔らかで楽しげで、暖かい笑みを。

 タバコが唇から落ち、レンガの敷き詰められた地面に転がった。

「……」

「あ、照れてます?」

「う、うるさい」

 憎まれ口を叩き合いながら、二人はテントへと帰る。

 

トップへ戻る

トップへ戻る