はだかのアル様

 『デモンベインシリーズ』のアル・アジフルート後の二次創作SSです。

 

 致命的なネタばれはないと思いますが、一応アルルートの後日譚ですので、「斬魔大聖(あるいは機神咆吼)デモンベイン」プレイ後のほうがわかりやすいかと思います。

 「機神飛翔デモンベイン」は、九郎の最初の一声以外は関係ないので、未プレイでも影響ないはずです。

原作プレイ後推奨です。ご注意ください。

 

 

「なんの冗談だよ……なんの冗談なんだよ、どちくしょう!」

 目の前の、あまりに無慈悲な、あまりに不条理な、あまりに理不尽な、到底受け入れることのできないその出来事に、俺はうめいた。

 それはあまりに非情、あまりに横暴、餌を巣に運ぶため、えっちらおっちら道端を行く働き蟻が、たまたま歩いていた人間の足に踏み潰されてしまうその瞬間、頭上を覆う巨大な靴の裏を前に、最後に呪詛の言葉を吐き捨てるしかないような、終焉という名のハンマーで思い切り踏み潰されるそんな気分。

 住居兼事務所の一室で、思わず頭を抱える俺に、不満げな声が降ってきた。

「冗談とはなんだ。人を見るなり失礼な男だな汝は。それよりほれ、せっかく妾がお洒落をしておるのだ。なにか言うことがあるだろう?このスカートのフリフリなど、なかなかキュートだと思わんか?」

 フリルに飾られた袖口から伸びた手で、うっとうしいくらいのリボンにデコレートされたスカートの端をつまんで見せ付けるのは、最強の魔導書にして、この家の同居人にして、……俺の伴侶、アル・アジフ。細やかに輝く銀色の髪に、気の強さをあらわしたように見開かれた目、気高さのなかに生意気さを滲ませたその顔はしかし、今の俺にはこれ以上もないほどに驚愕を与えるやら、憎たらしいやら、腹立たしいやら、デモンベイン・ブラッドも真っ青の衝撃、レムリア・インパクト級の大ダメージでアーカムシティごと吹っ飛んじまいそうだ。

「どうした九郎、遠慮はいらんぞ?」

 人の気も知らんと得意げな顔をするアル。こいつは、本当に人の気持ちを逆なですることにたけてやがる。

「あのな、アル……」

「うむ、なんだ?」

 なにやら期待のまなざしを向けるアルに近づき、その耳に口を寄せ、

 

「なにがお洒落だ、このゴスロリ魔導書!!」

 

 俺は腹のそこからの怒鳴り声をあげた。

「うにゃあぁー!」

 耳を押さえるアルに、畳み掛けるように続ける。

「ただでさえ今月は俺たち向きの事件もなくて、いっぱいいっぱいなんだよ!、ピンチなんだよ、危機なんだよ、崖っぷちなんだよ!その日の飯にも困っているのに、なんでそんな服買ってんだ、おまえは!生活費がほとんどすっからかんじゃねぇか!今月あと10日、どうやって生きていくってんだよ!」

 だが俺の魂の慟哭にも、アルはしれっとした顔で、

「いつものようにタカりに行けばいいではないか」

 などとのたまいやがる。

「いつものようにって、人聞きのわりぃこと言うんじゃねぇ!」

「人聞きが悪い?今更言うのか、汝。これまでの自分を棚に上げて?」

 呆れたようにアルが言う。くそっ、否定できないこの身が怨めしい……。

「だからって、そうそう毎日ライカさんのところに行けるかよ」

「そう言いながら、毎回タカリに行っているではないか」

 俺のせめてもの抵抗にも、すかさず突っ込んでくる。

「……そりゃ、今月はかなりお世話になってはいるが」

 しぶしぶ認める俺に

「今月も、の間違いだろう?」

 とアルはさらに追い討ちをかけた。

「あーもう、ああいえばこういう!今はそんなことはどうでもいい!」

「そうカリカリするな。怒鳴っては腹がすくぞ」

「誰のせいだ誰の!もういい、とにかくその服は売っぱらって来るからな!」

 有無を言わさず宣言し、アルを組み倒した。

「にゃ、こ、こら、やめんか九郎!」

 もがくアルを、両足と左手で押さえつけ、残りの右手で服を脱がしにかかる。上着のボタンを外し、アルがそこに気を取られた隙に、スカートをずりおろす。

「ふふん、伊達に毎夜苦労してないからな。これくらい朝飯前だぜ!」

 未だに恥ずかしがるアルを脱がしてきた経験値が、こんなところで生きようとは。得意になる俺に

「朝飯前って、ここ数日は朝食などろくに食べてないだろうに」

 とまたもやアルの冷静な突込み。

「頼むから悲しい現実を思い出させるなよ、こんちくしょう!」

 勢いに任せて一気に脱がせてしまう。

「うにゃぁ、返さんか、この変態、ロリコン、痴れ者、色魔!」

 パンツ一丁になったアルが猛抗議。さり気にひどいことを言いやがるが、あえて無視する。今回ばかりは負けるわけにはいかねぇ。

「やなこった。これは質屋に突っ込んでくる」

「返さんとこのまま表に出るぞ」

「かってにしやがれ」

「ほう、『うつけには見えない服を着て近所を歩き回ってこい』と汝に命じられ、羞恥プレイを強要された、と涙ながらに訴えてくるが、いいのだな」

「てめぇこのやろう、勘弁してください!」

 即行で敗北。どうしてこいつは俺のことを犯罪者に仕立て上げたがるのか、誰か教えてください。

「うむ。わかればいいのだ。ならさっさと返……」

 と、そこで得意げなアルの言葉を遮るように、

 

 スドォォン!

 

 入り口のドアが開かれ、もとい、破壊された。爆音と共に響いてきたのは、

「やっほー、ダーリン!って、ダーリン、アル・アジフなんてひん剥いてなにやってるロボ?欲求不満ロボ?欲求不満の文句はエルザに言うロボ。さ、そんなえぐれ乳はほっといて、エルザの乳を揉むロボ。エルザはいつでもオーケーロボよ?ぽっ」

 という、聞きなれた声。後ろではアルが「え、えぐれ……」などと呟きながら、早くも不穏な空気を撒き散らし始めている。

「いきなり出てきて、ぽっ、じゃねぇ!エルザ、おまえこそなにしてくれやがる!」

「なにって、鍵がかかってたから開けただけロボ。それに開けたのはエルザじゃなくて……」

 そのエルザの言葉を継いで、

 

 テェレレテェレレテェレレテレレテレレテレレレレーー、ギャーン!

 

 この世で最も聞きたくないギターのフレーズが、響き渡った。

「うつけには見えない服とは、なんと!なんと、なんと、ぬあぁあああぁんと!ぬあぁんたる駄作、ぬあぁんたる失敗!視覚の原理を捻じ曲げたのか、うつけには見えない光を反射する物質かはいざ知らず、世紀の大・天・才たる我輩、ドォォォォォクタァァァ・ウエェェェストォ!に見えぬとはこれ如何に!」

 いや、おまえに見えなければ、うつけに見えない服としては大成功なのだと思うが、どうか。だがドクター・ウェストはそんな俺の心の中での突っ込みに当然気づくわけもなく、ひとりでヒートアップしていく。

「はっ、これはまさか、天才ゆえの宿命!?我輩の才能に嫉妬した学会の陰謀なのであるか!?うつけには見えぬとしながら、その実、我輩に見えない服を仕立て上げ、我輩の失意を誘う陰謀なのであるな!そしてその学会の陰湿さに嫌気がさした女性研究員が我輩と手をとり学会を脱走、北国を進む急行列車に揺られるふたりのロォマンスを襲う衝撃!列車が転倒!響く爆音!爆音?テロ?テロなの!?ゴル○ムの仕業であるな!?うぎゃぁぁぁ!捕虜にした我輩を改造しようと秘密組織やら暗黒結社やらの手が迫る。やぁめろショ○カー!逃避行の果てに我輩はトキの涙を見る!ん?トキ?トキって泣くのであるか?」

「あるか?って、んなこと知るか、この○○○○!」

 この不法侵入者というか不法突入者ふたりを追い出そうとした刹那、

 

「こ、こ、こ、この、大うつけどもがああああああぁぁあぁぁぁぁあああ!」

 

 ズガガガガガン!

 

 アルの魔力が爆発した。

「うぎゃああぁぁぁぁ!」

「ロボオォォォォォ!」

 ふたりそろって爆風に吹き飛んでいく。まあ、あいつらはあれしきのことでどうにかなるタマじゃないし、結果ドクター・ウェストとエルザを追い出すことは出来た。それはいい、それはいいのだが……。

「アル、なに考えてんだおまえは!少しは加減ってものをだな……!」

 爆風はドクター・ウェストとエルザだけでなく、家具やら窓ガラスまでも吹き飛ばしてしまっていたのだ。おかげで部屋中ぼろぼろ、机も外に吹き飛んでいて、ダンセイニは壁にぶつかってダウンしている。

 この状況をどうするつもりだと詰め寄る俺に、アルは珍しく歯切れ悪く、

「だって……」

 と言葉を詰まらせた。見れば頬はうっすらと赤く、瞳も微かに潤んでいる。意外な展開に気圧されつつ、アルに尋ねた。

「だ……だって、なんだよ」

「だって、妾は今、こんな姿で……」

 言われて改めて見れば、確かにアルはパンツ一枚という素敵な姿。だけどおまえ、その姿で表に出るとか言ってなかったか、ついさっき。

 俺の疑問に気づいてか、気づかずか、アルは呟くように続けた。

「本当に……妾の裸を見ていい男は……汝だけだ」

 ――凶器。

 それは、凶器。

 普段生意気なアルが、肌をさらし、頬を桜色にして、そんなことを言う。それはまさに、心に突き刺さり、理性のすべてを破壊し尽くし、感情をがくがくと揺さぶり起こす、ナイフより鋭利、ハンマーよりも鈍重なる凶器だった。この凶器に抗うすべなど俺にあるだろうかいやない。

「アル」

 アルの両肩を抱きしめる。

「九郎?」

 戸惑いながらも頬を寄せてくる。珍しく素直だ。よしよしとばかりに頭をなでつつ、アルの肩に乗せたもう片方の手を胸の方にずらして……。

「ん?待て九郎。汝、なにを……」

「なにっておまえ、ナニ?」

「おやじか汝は!」

「だっておまえ、裸を見ていいのは俺だけだって……」

「だからといって、いきなりそんな行為におよぼうとする奴があるか、このうつけ!」

 顔を真っ赤にしながら、アルは暴れ始める。だがそれもいつものこと。本気で嫌がっていないことぐらいはわかっているのだ。あんなセリフを吐かれて止まれるわけがねぇ。逃がさんとばかりにぐいとアルを捕まえ、引き寄せようとしたその時、吹き飛んだ玄関から、物音が……。

「大十字さん……あなた、真昼間からなにをやっているのですか」

「ひ、姫さん!?」

 聞きなれた声に振り向いた先、崩れ落ちた入り口に立つのは、こんなボロマンションには不釣合いなドレスを身にまとった女性。覇道財閥総帥、覇道瑠璃その人だった。

「たまたま近くを通りかかったところに突然の爆発。何事かと思って来てみたら……あなたと言う人は」

 姫さんにしてみれば、部屋の爆発に驚いて駆けつけたところには、はだかのアルを追いかける俺の姿が、と言うわけで。これはまずい。なにやら壮大な誤解が発生中?

 あわてて否定しようとするも、呆れたとばかりに溜息をつく姫さんに続いて、さらに追い討ちがかかる。

「やっぱり九郎ちゃんってば、鬼畜さんだったのねぇ」

「ライカさんも!?」

 そう、姫さんの後ろに立っていたのは、買い物籠を手に持ったライカさん。

「九郎ちゃん、そろそろ餓えてるんじゃないかなーと思って来てみたんだけど、その様子じゃ、必要なかったみたいねぇ」

「え、あ、いや、違う、誤解って言うか、すげぇ餓えてるって言うか、おい、アル!おまえも説明しろ!」

 ヤバイ、なんだかともかくこれはとてつもなく絶対にヤバイ。せっかくの好機がバリバリ絶望まっしぐらな大予感。慌ててアルにもせっつくが、アルは一瞬俺にしか見えないように、にんやりと笑うと、

「もういやぁ、もうダメって言ってるのに、ご主人様ったら『くくくっ、そんなことで俺の餓えが収まると思ったか!抵抗するぐらいのほうが燃えるわぁ!』なんて笑いながら何度も何度も……」

 言ってへたりと座り込む。

「なんじゃそりゃぁ!」

「そうですか。今月は仕事が少なくてどうしているかと思っていましたが、どうやらよけいな心配だったようですわね。それではそこの古本娘と、どうぞごゆっくり、大十字さん」

 言うだけ言って姫さんは出口に向かう。

「あ、ひ、姫さん!?ちょっと……」

「それだけ元気があるんだもの、まだまだ大丈夫よね。じゃ、わたしも夕食の準備があるから」

 倣うようにライカさんも後ろを向いた。

「だから違うって、ライカさんも姫さんも待って……」

 言って止めようとした瞬間、背筋に悪寒が走りぬけた。ふたりは同時に振り向くと、笑顔で

『まだ、なにか?』

 と言うのだが、その目が、まったくもって笑ってなかった。正直、怖い。

「あ、な、なんでもないです、はい」

 俺にはそう言って、ふたりを見送ることしかできなかった。

 しかたなく、姫さんとライカさんが帰ったのを見計らって、アルに抗議する。

「アル、せっかく飯にありつけるところだったってのになんのつもりだ!」

「汝がいかに餓えているかを説明しろといったのは、ほかでもない、汝であろう」

 なにやら不機嫌そうに横を向くアル。

「だからって、餓えてるの意味が完膚なきまで見事に違うだろ!」

 俺の食い下がりにも

「意味が違えど嘘はついていないと思うが?」

 と言い放つ。ぐ、下手に反論したら、これまでの夜の数々をつらつらと述べられかねん。とはいえ、毎回毎回、面白半分に外道のレッテルを張られてはたまらない。そんな気持ちから、少し注意しようと思って、

「ったく、いつもいつも、なんで俺を陥れやがるんだ、おまえは」

 そう言っただけなのだが、アルはまたもぷいと横を向いて、

「……ふん、そのほうが変な虫がつかんでいいではないか」

 んなことを言いやがった。それも、拗ねているのか、照れているのか、先ほど以上に頬を染めながら。

 なんだそれは。虫がつかんって、防虫剤かよ。

 その言い分に、一気に毒気を抜かれた気がした。

 まったくこいつは、千年生きてるくせに妙にガキっぽい。もしかして、あの服を買った理由も、そのガキっぽさが関係しているのか?そう思うと、おかしいような、バカらしいような、暖かいような、なんともいえない気持ちになってくる。

 近場にあったワイシャツをアルに手渡しながら、俺は言った。

「ばかやろう。俺の気持ちぐらい、今更言わなくてもわかってるだろうが」

 アルは袖を通しながら答える。

「わかっている、わかっているとも、汝のことは妾が一番。……けど、妾は」

「けど、じゃねぇよ。俺のことが信用できないか?」

「そんなことはない!そんなことはないが……」

「なら変な心配するなよ。あんな服で着飾ったり、変な心配しなくても、俺は……」

「九郎……」

 見つめあい、自然とふたりの顔が近づき始める。アルが瞳を閉じるのにあわせて、俺も目をつぶる。闇の中にアルの上気した頬の温かさが間近に感じられたその瞬間。またもや割って入る声が。

「ふぅむ、今度はワイシャツを着ているように見えるのであーる。うつけには見えぬ服、これは如何なる不可思議であるか?」

「きっと脳改造ロボ。ちょちょいと弄くって魔導書もグロな人外生物も美少女に大変身だロボ。ダーリンもアル・アジフに脳改造されたロボ」

『だから勝手に入ってくるな!』

 

 ズドドガガッ!

 

「我輩の唄を聞けえぇぇ!」

「それは世界を侵す恋ロボォォ!」

 俺とアルのふたりによって、またもやドクター・ウェストとエルザは吹っ飛んでいった。

「ったく、ん?」

 ふたりを吹っ飛ばしたあと、ふと足元を見るとそこにはアルの買ってきたドレスが。この部屋の惨状に比して奇跡的にというか、無傷で転がっている。

 溜息をひとつ。しかたねぇ。そのドレスを摘み上げると、ほこりをはたき、アルに差し出した。

「ほら」

「……いいのか?」

「ああ。もう売って来る、なんていわねぇよ。……その、似合ってた、その服」

「あ……」

 きょとんとした顔が見る間に赤く、ぱっと輝く。かと思うと急にぐっと眉を寄せ、

「と、当然だ!妾が着るのだからな。どんな服でも似合うに決まっているではないか」

 そう言いながら難しい顔を作ろうしているようだが、どうしてもにやけてしまうアル。おーおー、言葉のわりに喜んじまって。

 その様子に暖かい雰囲気に包まれた。こんなのも悪くない。そう思う。そう、悪くはないのだが、その雰囲気に水をさすように、凍てつく風が吹き込んでくる。それはもう、ガラスの割れた窓からびゅうびゅうと。もちろん修理する金などなく。

「……」

「……」

「な、なあ、アル。やっぱりその服……」

「駄目だ。絶対に売らんからな」

「アルぅ!」

 結局俺は残りの10日間、寒さと餓えに耐えることとなったのだった。

 俺がいったいなにをしたってんだ、どちくしょー!!

 

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